けれども国際秩序への挑戦を全否定してしまうと、戦前の日本も肯定できなくなってしまう。この点を頰被りしてすませることができればいいのですが、ゼレンスキーがアメリカ議会の演説で、ロシアの侵攻を真珠湾攻撃と重ねてみたり、ウクライナ政府が昭和天皇をヒトラーやムッソリーニと同列に扱ったりして、矛盾を突きつけてくる。するとこちらもアイデンティティが破綻してしまい、感情的に反発する。
左派が「理想主義を装った御都合主義」なら、保守は「現実主義を装った御都合主義」だったのです。危機の前にはどちらも無力、そういうことではないでしょうか。
アメリカは日本を守るのか
中野:今回の戦争で明らかになったように、アメリカは海外に自国の軍隊を送ることに後ろ向きになっています。彼らはウクライナに武器は供与していますが、当初から軍隊を直接送ることは明確に否定していました。そのため、仮に台湾や日本で有事が起こった際、アメリカがどこまで関与するのかが見通せなくなっています。
施:日本にとって喫緊の課題は、中国が尖閣諸島に攻め込んできたときにどうするかです。日本は総理大臣が新しくなるたびにアメリカの大統領に対して「尖閣が攻められたとき、日本を守ってください」とお願いし、「守ってやる」と言われて喜ぶというやり取りを繰り返しています。日本はウクライナと違ってアメリカの同盟国ですから、中国が日本に攻めてきた場合、アメリカがそう簡単に見捨てることはないと思います。しかし、日本が自ら戦う意思を見せない限り、アメリカが日本のために戦うことはないでしょう。
他方、台湾有事に関しては、アメリカが軍隊を送ることは難しいと思います。ウクライナと同様、武器の供与や後方支援が中心になるのではないでしょうか。
古川:一般論というか、そもそも常識の問題として、一国の国民が、まずは自分の国は自分で守るという気概を示さない限り、いくら同盟関係にあるからといって、その国を守るために他国の国民が進んで犠牲になるなんてことはありえないでしょう。仮に軍隊を送ったとしても、「自分たちは死にたくないから、代わりにアメリカ人が死んでください」なんて平気で言う国民を守るために、アメリカ軍の士気が上がるとは到底思えません。早々に撤退するのがオチじゃないでしょうか。
佐藤:日本の場合、軍隊を送るまでもなく、すでに在日米軍がいる。ついでに安保条約は軍事同盟です。その点で、NATOに加盟していなかったウクライナとは違うものの、じつはウクライナもアメリカやNATOとの軍事的な結びつきを強めていた。
2020年6月、ウクライナはNATOの高次機会パートナー(Enhanced Opportunities Partner、EOP)になっています。これにより、NATOの作戦立案への参加や、全訓練へのアクセス、NATO本部や指揮機構でのポスト就任などが可能になった。つまり「準会員」にはなっていたのです。
さらに2021年11月には、アメリカとの「戦略的パートナーシップ憲章」がアップデートされています。ここではクリミア併合や、ウクライナ東部の内戦にたいするロシアの関与が批判され、ウクライナの主権と独立、および領土の一体性を維持するために断固として取り組むことが謳われました。NATOとの連携能力の強化についても、支援すると明記されている。