しかも、その勝利の幅が事前の予想よりも大きく、1回目の投票で国会議員票と党員票の合計で岸田文雄氏が上回ることは多くの者にとって想定外のことであった。そのことが、2回目の決選投票や、政権成立後の岸田氏への求心力につながったともいえる。
岸田氏は、一昨年9月の総裁選で敗北してから、岸田派内の有力な中堅議員である木原誠二氏や村井英樹氏、小林史明氏に自らの政権構想を策定するうえでの助言を求め、積極的に優秀な若手議員の力を取り込む姿勢を示した。そのことは、世代間対立が顕著となりつつある自民党内で、無派閥の若手議員の好印象を得ることになった。実際に「党風一新の会」の代表世話人となった若手リーダー格の福田達夫氏を自民党三役の総務会長に任命したのも、前例を打破する画期的な決断であった。
他方で、安倍派の松野博一氏を政権の要諦でもある官房長官に指名し、麻生派の鈴木俊一氏を麻生太郎氏の後継の財務大臣に、さらには茂木派の茂木敏充氏を幹事長に指名することで、主流派の派閥への配慮も示している。党内の各勢力のバランスのみならず世代間のバランスにも配慮して、それを外的圧力としてではなく、自らの指導力で調整するところは、まさにマキャヴェリ的なリアリズムともいえる。結局、自民党内の若手議員と、主要派閥の領袖と、その双方の支持を獲得した岸田氏が自民党総裁選で勝利を収めることは、ある程度自明なことであった。
岸田政権の外交的リアリズム
的確にパワーの分布を見抜き、自らの有利なバランスを確立する政治姿勢は、その外交にも見ることができる。それは、ナポレオン戦争後のオーストリア外相メッテルニヒや、19世紀のドイツ帝国宰相ビスマルクにも見られるリアリズムである。
たとえば、今年の2月に始まる北京冬季五輪に閣僚を送らないという「外交ボイコット」を決断したアメリカやイギリスなどの民主主義諸国への同調圧力が強まるなかで、岸田首相は12月24日に「外交ボイコット」という表現は使わないながらも、事実上閣僚や政府高官などの政府関係者を派遣しない決断を行った。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら