『蜩ノ記』監督が継承、「黒澤監督の仕事術」 「すべてに手を抜かない」を受け継いできた

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――黒澤さん監督の現場はライトがすごくて、汗がダラダラ出るような現場だったと聞いたことがありますが。

特に白黒の場合はそうなります。特に黒澤さんの場合は、レンズの絞りをぐっと絞り込んで、望遠レンズながら焦点深度の非常に深い画を作るので、どうしても光量が必要になってくる。今はカメラの感度がいいですから、それほど光量がなくても映りますが、『赤ひげ』の頃は一番大変だったんじゃないですかね。手前の人物から後ろの背景まできっちりとピントを合わせるためには、ガンガンにライトを当てて絞るしかないんです。

「アップは引け」

――小泉監督が助監督としてついた『まあだだよ』の頃もやはり照明は多かったのでしょうか?

小泉堯史(こいずみ たかし)
1944年茨城県生まれ。東京写真大学(現・東京工芸大学)、早稲田大学卒業。大学在学中に、黒澤明監督の『赤ひげ』(1965)に出会い、感銘を受ける。1970年に黒澤プロに参加。『影武者』(1980年)以降、『乱』(1985年)、『夢』(1990年)、『八月の狂詩曲』(1991年)、『まあだだよ』(1993年)などで助監督を担当。脚本作りから準備、撮影、仕上げまで黒澤監督に師事。黒澤映画のさまざまな手法を学ぶ。2000年、黒澤監督の遺稿シナリオ『雨あがる』で初監督。同作は第56回ヴェネチア国際映画祭で上映され、好評を博し、緑の獅子賞を受賞。また、日本アカデミー賞では最優秀作品賞をはじめとする8部門を受賞した。その後も、黒澤明監督の意志を受け継ぎ、上質な日本映画を作り続けている。(撮影:梅谷秀司)

あの頃はもうカラーになっていますからね。とはいえ、それでもやっぱり多いですよ。やはりできるだけピントがきちんと合うように撮りたいですから。そうするとどうしてもライトの量がほかの組よりは多くなる。ずいぶんと「え、こんなにライト使うのか」とビックリしていた人たちがいましたね。

――ロケセットの場所は遠野のふるさと村ですか?

そうです。あそこは古い建物を移築しているところなので、広いところを狭く撮るのにちょうどいいのです。望遠レンズで撮れるので、いろいろなポジションから狙えますし。逆に狭いところを広く撮るというのは駄目なのです。

たとえばテレビなどで、柱や障子などが(湾曲して)曲がっている画像を見ることがありますが、生理的にダメですね。柱や障子はまっすぐ立っているものだから、そう撮りたい。狭い場所で広く撮るよりも、広いところを狭く撮る方がずっと画として締まってくる。

――黒澤明監督は望遠レンズを好んでいたと聞いたことがありますが、小泉監督もやはり望遠レンズを?

そうですね。黒澤さんはよく「アップは引け」と言っていました。アップの場合、(被写体に)寄った方がいいと思いがちですが、実はアップのショットほど遠くから望遠レンズで撮った方がいいのです。というのも、俳優さんに、顔を撮られているという意識をなるべく持たれないようにしたいので。自然な表情を捕まえるためにはその方がずっといい。カメラを寄せていって、顔だけで芝居をされても困りますからね。身体全体で芝居した中の、顔の芝居というわけですから。

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