――そういった技術は、きちんと次の世代に引き継がれているのでしょうか?
今回は黒澤さんに付いた経験のない助監督が2人ぐらい入りました。彼らはその上の助監督たちがやっていることをしっかりと学んで、引き継いでくれていると思います。ただ、フィルムからデジタルへの変化など映画の撮影現場に対する状況も変わってきている。そういう中でも、黒澤さんが持っていたモノを作ることに対する誠実さは変わらないと思いますし、彼らはそれを持ち続けてくれると思います。
一生懸命作ったものをちゃんと見ている
――それだけ皆さんに慕われている黒澤さんの、リーダーとしての魅力とはどのようなものだったのでしょうか?
カメラマンでも、美術でも、スタッフはみんなプロ。スクリーンに映ったものがすべてですよ。それが良ければみんな納得します。これが、つまらないものを撮っていたら「なんだよ、これだけやったのに」となるけれども、きちんと努力の結果を映しとってね。あ、こういう風にやってくれるのかと思ったら、みんなだって腕のみせがいがある。結局、監督がスタッフを納得させられるものは、画だけしかないのです。
だから、黒澤さんが自分のことを知ってほしいと思ったら、僕の映画を見てよと言いますよ。そうすれば、僕のことは一番よく分かるだろうと。そこにすべてを込めていますから。そういう黒澤さんのもの作りに対する情熱をスタッフも感じ取っているんですね。そして、それだけの努力をすれば必ず画の中で報いてくれる。そして、黒澤さん自身もまた気を遣う人で、美術の村木与四郎さんが一生懸命作ったものをきちんと映しとってくれる。だから「なんだよ、せっかく作ったのに」ということにはならない。それはそれぞれの阿吽(あうん)の呼吸があるのだと思います。
――黒澤監督はどのような叱り方をしていたのでしょうか?
やはりいい加減なことをしたりすると怒りますよね。きちんとやるべきことをやらずに、ずさんにするとか。ただ、それと同時に、黒澤組の中では、ものに集中していない人はほとんどいないともいえます。
――やはり精鋭たちが集まっているわけですからね。
そうです。ただ、スタッフは全員、黒澤さんのイメージを一生懸命つかもうと必死なわけですよ。ところが、天才のイメージをきちんとつかみ取ることは難しい時がある。「違うよ」と言われても、何が違うのかがわからない。そうすると、黒澤さんだって早く撮影をしたい、大事な瞬間を逃したくないと思うわけです。ですから、黒澤さんが何を望んでいるのか、今どうしたいのかということは、積み重ねの経験の中で自然と身についていくことだと思います。黒澤さんはよく「勘が悪いよな」という言い方をしていました。ボケッとしていてもなかなか勘は育たない。つまり、黒澤さんがやることをきちんと見ていて、経験を重ねることによって、勘というものが育ってくる。
やはり長年、黒澤組についている人たち。野上(照代)さんや(撮影の)斎藤孝雄さんといった人たちは、それを掴んでいるから、「今、リーダーは何をしようとしているのか。何をリーダーは望んでいるのか。この瞬間は何の待ち時間か」、そういうことがすべて分かるわけです。しかし、それが分からずに、ボーっとしていると、そこを締めなくてはならない。自分が怒ってみせることで、現場を演出しているという面はあると思います。
あの笑顔を見たらみんな幸せになる
――一方、褒め方はどうですか?
本当に素直な人でした。たとえば自分が想像していたもの以上のことが出てきたりするじゃないですか。そうすると、心の底から喜ぶんですよ。そんなときの黒澤さんは、本当にすばらしい笑顔でね。僕はあんなきれいな笑顔の人は見たことがないですよ。その笑顔に負けちゃうんですよね。僕たちもこの笑顔が見られるなら、しょうがないと思う。またそれがいいタイミングで出てくるわけですよ。たとえばエキストラの人が疲れているタイミングで、スーッとあの長身で出てきてね。「どうもごくろうさん」ってニコッとする。もうみんなそれで、ああ、よかったなと思う。本当にすばらしい笑顔でした。
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