「革靴にハマりすぎた男」が語るとんでもない"愛" 土屋鞄製造所で働く会社員がはまった沼

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(写真提供:土屋鞄製造所)

「革の魅力は、使うほどになじむことだ」とよく表現されますが、逆に「使うのが難しそうだ」と苦手意識を感じている方も多いです。難しいからこそ“攻略したい”という欲をくすぐられます。

どう使われてきたのか……“革の過去”が見える

──嶋谷さんは他人のカバンを見て、どう使われてきたのか“過去が見える”と聞いたのですが、具体的にはどういうことですか?

(写真提供:土屋鞄製造所)

僕は、人がどういう物を選んでいるのか、それをどういうふうに身につけているのか、観察することがすごく好きなんです。

同じカバンでも、使っている人によって見え方が全然違うなと気づいたら、なぜ、その形状になるのか考えるようになりました。極端にクタッとしているカバンには中身がたくさん入っているなとか、カバンを透視するような気持ちで想像します。こういう物が、これぐらい入っているから、ここはこれぐらい沈んで、こっち側の生地を引っ張るので、こういう形状変化になる……といった具合です。

──どうして、そういった物の見方をするようになったんですか?

学生時代は空間デザインを専攻していました。最初に就いた職も建築関係です。建築では力学が非常に重要ですので、この思考が重なっています。カバンにかかる荷重を考えるとき、カバンの中に自分が入っている気分になるんです。観察するのが面白くて習慣にしていたら、その気づきが自分の靴の履き方にも転用できて、今はカバンを作るときのアイデアにもうまくつながりつつあります。

──かなり細かく観察しているようですが、ほかにも気にしているポイントはありますか?

なぜ、それを選んだのかにすごく興味があります。使っているご本人が思う“すてきだなポイント”は、自分とは必ずしも同じではありません。僕は攻略したいとの思いが強いので、痛くても履くのが前提です。痛いかどうかは、靴を選ぶ基準になりません。けれども、基本的には痛くないほうがいい人が大半だと思います。

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その基準ひとつとっても、選ぶ物が変わってきます。デザインだったり、変化しない革がいいとか、エナメルの光沢感が好きとか、靴ひもが好き、ローファーが好き、いろいろな理由があります。これが掛け合わせられるので、同じ理由は存在しないくらいのバリエーションができます。

例えば、職場の同僚が、昨日と今日で違うローファーを履いてきたとします。僕は、なぜ2日連続で違うローファーを選んだのか、その理由を知りたくなります。「この人は、ローファーが好きなんだな」では終わらないです。

──嶋谷さんと一緒に働いていたら、「この人、いつも安い靴履いてるな……」とか気づかれちゃうかもしれないですね。

それは絶対に言わないと誓ったうえで見ています。物の価値と値段はイコールではありません。なぜ選んでいるかが、その物の価値なんです。「コスパが重要」というのも、「安いのはとにかく最高だぜ」という考え方も、僕はすばらしいと思っています。

革靴の世界がこんなにも深いとは……。嶋谷さんは靴が長持ちするように自分の歩き方を矯正し、靴下も当然に靴のことを考えて選ぶという。そして今はできていないが、以前は社内で“革靴だけを語る会”を月1で開催していたそうだ。そこではただ、ただ自分の好きな靴のことをおのおのに語りながら酒を飲むらしい。心が奪われるほどに美しいけれども自分の物にするのは簡単ではないなんて……、どこか恋愛みたいと感じた。一度ハマったら抜け出せない、けれども楽しい沼がここに存在していた。
高橋 ホイコ ライター

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たかはし ほいこ / Hoiko Takahashi

1976年生まれ。国民生活センター勤務を経てフリーライターに転身。ウェブメディアを中心に執筆中。企業の一風変わった取り組みへの取材を得意とする。趣味はホルン演奏、ピンクのガジェット収集、交通インフラの豆知識集めなど。トマトマンの斜め上行く生活術管理人。

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