乙武:ところで、そのねりま健育会病院で昨年11月、クラスターが発生してニュースになりました。今回の本題はまさにここにあるのですが、当時の状況について順を追って詳しくお聞きしてもいいでしょうか。
酒向:発端は11月25日、3人の患者に発熱が見られたことです。そこで念の為、PCR検査を実施したところ、3人とも陽性反応が確認されました。
われわれも当然、感染症対策は行っていました。新しい患者が入院する際には、前医のPCR検査で陰性を確認し、当院転院後も1週間は慎重に容態をチェックするなど、徹底していたつもりです。しかし、そもそも急性期病院から陰性を確認された状態で送られてきた患者が陽性であるはずがないという単純な思い込みがありました。
乙武:なるほど。3人の患者さんは、長く入院されていた方なんですか?
酒向 3人のうち2人は、同じ急性期病院から来た患者で、それぞれ入院から7日目、10日目で発熱しています。もう1人の患者は2カ月以上前から入院していた方で、3人がわりと近い距離で食事をしたり、余暇時間を過ごしたりされていました。
乙武:つまり、3人目の方はほかの病院から来た2人の患者さんから感染したことが濃厚、ということでよね。
酒向:そうですね。今にして思えば、発熱日から遡って3日間ほどの期間に、人知れず感染は広がっていたわけですから、ここで封じ込められなかったことが、大規模クラスターにつながってしまった原因だと感じています。
乙武:ステイホームが求められる今、行動を共にするのはできるだけ家族の範疇にとどめるべきと言われますが、ひとつ屋根の下で生活を共にする入院患者というのは、家族に近い関係性ですよね。一緒に食事をし、近い距離で会話をする間柄ですから、そこで感染を抑えるのはなかなか難しいことだと思います。
酒向:確実に陰性である方々が集まって話す分には、何のリスクもないわけです。ところが陰性なのか陽性なのか、感染力があるのかないのか、安全域なのか安全域じゃないのかが完璧に把握できないことが、今の社会不安の状況につながっているのは間違いありません。COVID-19を持ち込まないこと、拡散させないことの心がけがつねに必要ですね。
隔離できない状況下で、院内は戦争状態に
乙武:3人の患者さんの陽性が確定した後、次にどのような手立てを打ったのでしょうか。
酒向:本来やるべきことは、まずゾーニングをして、陽性患者を個室に隔離し、そのうえで急性期病院に転院して感染症治療を受けてもらうことです。ところが、その時点で100床すべてのベッドが埋まっている状態で、ゾーニングしようにもできない状況でした。
乙武:その場合、病院としてできることは何でしょうか。
酒向:この時は都内のコロナ対応病床が逼迫し、転院要請を受けてもらうこともできませんでしたから、とにかく病床に空きができるまでしのぐしかありませんでした。ゾーニングとしては、カーテン内隔離のみです。当面、リハビリも全面的に中止して、とにかく患者を動かさないことを徹底するしかなかったですね。医者も看護師も含め、誰が感染しているのかまったくわからない状況でしたから。
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