映画「すばらしき世界」にみる社会復帰の難しさ 西川美和監督が小説「身分帳」に共鳴した理由

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今日は若い方が多いですねと言われたら、研修の先生ですとおっしゃっていただいて。わたしは勉強してるふりをしながら、すべての所作を観察していました。先生が何を言うか、それに対して患者さんがどう受け答えをするのか。何を手に持っているのか、家の造りとか、全部書き込んだりもできたんですが、それが一番理想の取材でしたね。

西川美和/にしかわみわ 1974年生まれ、広島県出身。オリジナル脚本・監督デビュー作『蛇イチゴ』(2002年)で第58回毎日映画コンクール脚本賞受賞。長編第二作『ゆれる』(2006年)は第59回カンヌ国際映画祭監督週間に正式出品され国内で9カ月のロングラン上映に。続く『ディア・ドクター』(2009年)で第83回キネマ旬報ベストテン日本映画第1位を獲得。その後『夢売るふたり』(2012年)、『永い言い訳』(2016年)と続けてトロント国際映画祭に参加するなど海外へも進出。一方で小説やエッセーも多数執筆しており、『ディア・ドクター』のためのへき地医療取材をもとにした小説『きのうの神さま』、映画製作に先行して書いた小説『永い言い訳』がそれぞれ直木賞候補となるなど高い評価を受けている。本作の発案から公開直前まで、約5年の思いを綴るエッセイを中心に、映画の世界を離れたテーマの読み物と、『すばらしき世界』のアナザーストーリーともいえる短編小説を収録した『スクリーンが待っている』(小学館刊)が発売中 (撮影:尾形文繁)

――今回の取材はどうだったんですか。

今回はやはり1対1のインタビューが多かったですね。職場を見せてもらうこともありましたし、できるだけ住環境とかを見せてもらったりしながらお話を聞いたりしました。本当はメモを取りたかったんですが、まずは人間として信頼してもらわないといけない。

人に言いづらいことも話してもらわなければならないので。こいつにならば話してもいいかなと思ってもらわなければならない。だからメモはろくに取ることはできないですよね。ただレコーダーを回させていただいて、外に出すものではないですからということで、話を聞かせていただきました。

驚いたのは、過去に罪を犯した人に「事件について聞いてもいいですか」と聞くと、案外抵抗もなく自分の犯行を立て板に水のごとくしゃべるんですよね。なんでこんなに話がうまいんだろうと驚くほどに、みんな時系列を追いながら、つらつらと話されるんです。

なぜかと思ったらそれはやはり、たび重なる事情聴取と取り調べ。警察、検察、裁判といく中でストーリーが固まっていったんでしょうね。何月何日の何時何分です、みたいな感じで。

語ってくれた人たちに作らせてもらった

――話しているうちに、その話に磨きがかかっていくという。

そうなんでしょうね。それに付随して、人に話を聞いてほしいのかなというふうにも思うんです。それがつらい話であってもですよ。今の職場での苦労とか、家庭環境の話を聞いたときも、それはちょっと、とは言わないんですよね。案外、人って、なんか自分の後ろ暗いことでも、耳を傾けられれば、言っちゃいたいものなのかもしれないなと思うぐらい、みんないろんなことを話してくれた気がします。

――そうやって話をまとめていくというわけですね。

取材のときはもうコミュニケーションを取ることに必死なんですけど、後からゆっくりそれを一言一句、全部書き起こすんですが、それが面白いんですよ。言葉の間とか、どこで詰まるのかというところに人間性が出てきて、このまま本にできるんじゃないかと思うくらいの内容です。

だから佐木さんも、そういうことを繰り返して、こんな面白いことはないと思って、ああいう本を残されたんじゃないかなと。方言がどこで混じるか、それも含めて書き起こしていくと、非常に人間というものが立体的に見えてくる。その中で自分が面白い言葉を自分の中に染み込ませていってからシナリオを書いていくと、どこかのタイミングでそのインプットされた言葉がセリフとして、自然に出てきたりするんですよ。だから今回は本当に、自分の知りえない経験を語ってくれた人たちに作らせてもらった気がします。

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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