血なまぐささもなければ、怨恨もない。淡々とした日常を描いたところが非常に面白いと思ったんです。淡々とした日記のような話なんだけれども、ありとあらゆるところで小さな衝突と、失敗がある。かといって悪いことばかりではなく、本当に小さなふれあいや励ましに慰められたりと、喜怒哀楽が小さな波でずっと続いていくのが面白くて。自分では考えたこともないようなテーマで、これは盲点だったなと思った。だからこそやってみたいなと思いました。
――役所広司さん演じる主人公は、喜怒哀楽をストレートに出す、どこか憎めないところのある人物ですが、そんな彼が、現代の社会に適応するのは、生きづらさを感じてしまいます。タイトルの『すばらしき世界』とはいったい何なのかと考えさせられますが、主人公の三上をどう捉えていますか。
この世界を生きていくために、わたしたちは自分の内にあるトゲみたいなものを丸めて生きていると思います。でも、自分たちが生きしのいでいくために、自分の中に閉じ込めた本性みたいなものが、役所さんの演じた三上という役なのかなと思うんです。
彼はある種、子どもみたいな心根の持ち主ですから。社会の理不尽に対して普通の人が飲み込む言葉を吐き出し、後先考えずに何が悪いんだと突っ込んでいくのは、映画の中のヒーローに近いんですよね。だけど映画の中のヒーローが活躍できるのは映画の中であって、本当の世界に、そういう人が投げ込まれたら、社会では通用しないし、迷惑がられるだけですよね。
映画にすれば出版社は復刊を考えてくれる
――だからこそ、原案となったこの小説「身分帳」に共鳴したというところなのでしょうか。今回、この小説を原案に映画化したいと企画を立ち上げた際に、プロデューサーの反応はどうだったのでしょうか。
(企画した当時の「身分帳」は)絶版書でしたからね。何のうまみもないものを、またこいつが持ってきたみたいな気持ちは内心あったと思います。なんだ、東野圭吾さんじゃないのかと(笑)。わたしらしいなと思われたのかもしれないですね。
わたしが何でこれを映画化しようと思ったかというと、佐木さんは亡くなられていて、それこそ絶版だったから。こんなに面白いものが、これからもう誰からも振り返られないのはおかしいと思ったんです。映画にすれば、出版社は復刊を考えてくれるだろうと。それが一番のモチベーションです。(注:現在、「身分帳」は映画化を機に文庫で復刊し、発売されている)
――脚本を完成させるために3年にわたるリサーチを行ったと聞きましたが、どのようにしてリサーチを進めたのでしょうか。
最初に旭川刑務所に行きました。取りあえず小説の冒頭のところからたどってみようと思いまして。佐木さんが生きていらしたら直接お話もお聞きできたと思うんですが、ほぼ30年前の小説なので、証人がいないんですよ。しかも大ベストセラーというわけでもないから、読んだ人を見つけることすら難しかった。
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