映画「すばらしき世界」にみる社会復帰の難しさ 西川美和監督が小説「身分帳」に共鳴した理由

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一番悩んだのが小説通りの時代設定でいくのか、それとも今の話に置き換えるのかということ。迷いながらリサーチを始めましたけど、旭川刑務所に行ってみたら、そこは全室個室でテレビ付き。冷暖房完備の最新鋭の刑務所が立っていて。旭川駅もピカピカだし、この原案になっている小説の、時代のテイストみたいな部分は、もう過去のものなんだなと思えたんですよね。

どうしたら人生をやり直せるのか

――刑務所などで聞いた話はどうだったんでしょうか。

法務省の矯正局や、刑務所の現場としても、出所した人が社会にうまく馴染めずに、再犯してすぐに帰ってきてしまうということが、もう久しく大きな課題とされてきたんですね。昔は刑務所などの矯正施設は、罪を犯した人をただ逃げないように閉じ込めておきさえすればいいとされてきたわけですが、自由を奪ってただ閉じ込めておいたからといって、真人間になるわけじゃないんだということは、すでに十分証明されているんです。

西川監督は刑務所や法務省矯正局への取材も丹念に行ったという ©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

だから、彼らが社会に出たときに、どうやったら躓かずに人生をやり直させることができるのか。そこに意識を向けていかなければ変わらないんだということを多くの人に理解してもらいたい、こういうテーマで取材してもらうのはとてもありがたいと、法務省の方にも、旭川刑務所の方にも言われたんですよ。

小説は昭和の終わりが舞台ですから、明治以来の旧監獄法(2006年に改正)のもとでの刑務所内での劣悪な処遇についても細かく暴露してますし、私としては刑務所の壁は高いだろうと踏んで、ずっとコソコソ調べていたので、まさかこんなに歓迎されるテーマだとは思いませんでした。予想以上に今日的だし、社会全体の意識に関わる問題なんだなと。それで現代劇にしようかなと思いました。

そこから当時の、佐木さんの担当編集者の方や、服役経験のある方にも話を聞きました。それからもともとヤクザの世界にいた人に話を聞きました。そこから普通の社会に出ていくということが、どういう感じなのか。どういう経緯があってそういうところで生きるようになったのか。そういう人を雇用している企業人に話を聞いたり、とにかくいろんな人に会いましたね。

――特に今は暴力団対策法の影響もあって、ヤクザの人たちも住みづらい世の中になったと思います。

ヤクザの人たちを社会から締め出して、いなくなればいいと。それは理屈としてはわかるけど、締め出された彼らはどこに行くんだと。島流しにするわけにもいかないし、どこかで生きていかなきゃいけない。でも組を抜けてからも5年間は関係者とみなされ、個人名義で家も借りられないし携帯電話も持てない。そういう圧倒的なハンディの中で、まともに仕事に就けなくても生活保護も受けられない。

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