日本はバイデン政権とどう付き合ったらいいか 貿易・気候変動対策を読み解く重要なポイント

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しかし、それのみで2050年の排出ネットゼロ達成は困難であろう。とくに、適切な将来技術を選ぶ政府の能力を過大評価するのは適切ではなく、人々や企業の行動変容に加えてイノベーション促進の観点からも、技術中立的な形の炭素税導入(現在の限界的な地球温暖化対策税等の大幅な拡充)などのカーボンプライシング制度導入が重要となる。

炭素税は財政至上主義者による増税策との批判も招きやすいが、狙いは「歪み」の是正であり税収増ではない。炭素税収入をすべて法人税減税に充てる、あるいは、日本人全員に頭割りで全額給付など、税収中立とする制度設計も可能だ 。なお、「歪み」の是正が進めば炭素税収入は減少するため、恒久財源ではない。

共和党内にもカーボンプライシングを好む立場も

炭素税の弱点である国内企業の競争条件の悪化を避けるため、EUやアメリカが検討する国境調整税も検討に値する。各国は、地球環境を守る政策を考えつつ、自国が不利とならないルール形成に関してアイデア競争をしているとも言える。アメリカは、上院が共和党多数の場合には炭素税等が簡単に導入されるとは考えにくいが、共和党内にも規制的手法よりも政府介入の度合いが低いカーボンプライシングを好む立場もある点は留意が必要だ。

わが国の目標期限である2050年は、想像できないほど遠くはないが、すぐに結果責任を問われるほど近くもない「逃げ切れる」将来かもしれない。しかし、「苦い薬」を避け続ければ、将来の目標達成を困難にし、ルールを巡る競争でも後手に回る。

今年9月には中国が2060年の排出ネットゼロを表明した。中国にとってこれは、EUからの要請に応え、同時にトランプ政権との違いを際立たせ、さらにはバイデン政権誕生の際には歓迎されるもので、地政学的観点から合理的な対応だ。また、太陽光発電機器、風力発電装置、電気自動車、さらには原発で高い国際競争力を持つ中国は、自国製品の需要を拡大する産業政策としての計算もあろう。

わが国は、こうした欧米や中国等の動きをフォローし、国際協力にも参加して地球環境問題の解決にしっかり貢献しつつ、同時にルール形成や先を読んだポジショニングを積極的に進める先見性と戦略性が求められよう。

(大矢伸/アジア・パシフィック・イニシアティブ上席研究員)

地経学ブリーフィング

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『地経学ブリーフィング』は、国際文化会館(IHJ)とアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)が統合して設立された「地経学研究所(IOG)」に所属する研究者を中心に、IOGで進める研究の成果を踏まえ、国家の地政学的目的を実現するための経済的側面に焦点を当てつつ、グローバルな動向や地経学的リスク、その背景にある技術や産業構造などを分析し、日本の国益と戦略に資する議論や見解を配信していきます。

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