海外ロケ支える「リサーチャー」凄すぎる準備力 学者の地域研究とスピードを競うレベル

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そうしてなんとか事前準備を終えて、まずはスタッフだけの少人数でロケハンに行くのだが、その結果「大外れ」ということもしばしばだ。

Aさんは言う。「変わった漁をしている村があるというので、ロケハンに行ったらもう1人しか漁師がいなかったとか、数年前までやっていた伝統行事を今はもうやめてしまったとか、ロケハンに行って初めて撮影するべきものがなくなっていたことに気がつくケースが結構あります。たぶん6回に1回くらいは大外れなのではないでしょうか。

そうなるともう必死でディレクターが現地で別のネタを探すわけです。3〜4日程度のロケハンで、臨機応変にどんなピンチも切り抜ける能力がないと海外ロケのディレクターは務まりませんね」

Cさんも次のように証言する。

「現地のコーディネーターがどのくらい優秀かは、そういう意味でも大切です。ただ気をつけないと、気が利きすぎてネタをでっち上げてしまうコーディネーターもいるので恐ろしいです。金を渡して自分の知り合いを仕込んでしまった、というのはありがちです。

東南アジアやアフリカ、南米なんかは『お金さえ払えばなんでも撮影できます』と堂々と自慢する現地のコーディネート会社があるので、要注意です。アジアの某国では看守にケンタッキーフライドチキンを差し入れるだけで、警察の留置場の中が撮影できてしまうと聞いたこともあります」

テレビのロケで「文明に毒される」

Cさんはさらに「海外だと謝礼を払ってお願いすることが増えるので、演出とやらせの境界などにかなり注意しないと大きな問題になりかねない」と指摘する。

「未開部族の『歓迎の踊り』なんかは正直言って、相場が30万円くらいです。部族の有力者に謝礼を渡すことによって、日頃はTシャツを着て文明的な生活をしている彼らが伝統的な民族衣装に着替えて、歌い踊ってくれる。この程度なら許容範囲だと私は思いますが、制作者の倫理観が常に問われている。最近さまざまな問題も起きていますしね」(Cさん)

現地に撮影協力の謝礼を払うことで起きる問題は、「仕込み」や「やらせ」だけではない。現地の人にとっては大金となるお金を容易に支払ってしまうことで、原始的な生活をしている人たちの文化を破壊してしまうことも起きかねないとCさんは感じている。

「素朴な生活をしていた人たちが、テレビのロケをきっかけに言ってみれば『文明に毒されてしまう』のは悲しいことですし、自分たちの責任を痛感します。国によっては先住民の取材などに協力金の支払いを要求する政府もあるのですが、日本の放送局がその相場を高額に吊り上げてしまったため、世界中の放送局からひんしゅくを買ったケースなどもあります」

日本人がよく知らない「世界の辺境」の事情を伝えてくれるからこそ、海外ロケ番組の存在は非常に大切だと私は思う。その一方で「日本人がよく知らない地域でロケを行うからこそ問われる倫理観」の問題にも、われわれテレビマンは真摯に向き合わなければならないということだろう。

さて前編はこのくらいにして、次回の後編では「現地で発生する想像を絶するトラブルの数々」や「コロナ禍の今、海外ロケ番組の制作現場はどうなっているのか」などを引き続き紹介したいと思う。

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鎮目 博道 テレビプロデューサー、顔ハメパネル愛好家、江戸川大学非常勤講師

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しずめ ひろみち / Hiromichi Shizume

1992年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教関連の取材を手がけた後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島取材やアメリカ同時多発テロなど海外取材を多く手がける。またAbemaTVの立ち上げに参画。「AbemaPrime」、「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、多メディアで活動。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルのメディアとしての可能性をライフワークとして研究する。近著に『腐ったテレビに誰がした? 「中の人」による検証と考察』(光文社・2月22日発売)

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