京大前総長「哲学なき技術先行時代は終わる」 世界を激変させる「老化は病気」という認識

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シンクレア氏は、それを非常に心配しています。500歳、600歳まで長生きするお金持ちと、今までと変わらない、あるいはもっと劣悪になって50歳ぐらいで死んでしまう人とで大きな差が出るかもしれないと。

これは、お金の話だけでなく、その権利を誰が手に入れられるかという問題にも発展するかもしれません。今、人間の寿命が2倍に延びれば、世界は大混乱するでしょう。政治家は、その混乱を起こさないためにコントロールしなければならなくなります。そこをどうするのかという設計図がないままライフスパン時代に突入すると、世界中で暴動や戦争が起きる可能性すらあるでしょう。

ユヴァル・ノア・ハラリは、人間が21世紀に「神の手」と「不死の体」を手に入れると述べていますが、これは『ライフスパン』に書かれている通り、まさに進行中です。ただ、人間の果てしない夢であった不老不死を手に入れても、それが幸福につながるかどうかは、定かではありません。

技術だけが進化する世界は正しいのか

僕が常々心配していることは、現代は、技術ばかりが先行して、人間の体や哲学が追いついていないということです。

哲学とは、世界を解釈し、人生の意味を考える学問です。まずは人間が世界を解釈し、人生の意味というものを把握した後で、それをよりよくするために科学技術を使う。それが本来の順番でしょう。

しかし、今は科学技術ばかりが進んで、人間の体は、実はまだ狩猟採集生活をしていた頃のままなのです。だから生活習慣病が起きる。そして、共感しながら社会生活を営んだり、言葉を使いながら対面でさまざまな協力関係を結び、人間関係を作っていくという方式も、実は古い。

科学技術はもっと先へ行っていて、今や、内閣府の掲げる「ムーンショット目標」では、「複数の人が遠隔操作する多数のアバターとロボットによって日常生活を送れるような世界にしよう」ということまで言われています。これが10年後には実現するかもしれないのに、われわれは頭も体もついていっていません。

医療はその典型的な例です。2年前に中国で「デザイナー・ベビー」が誕生した際は、みんなが腰を抜かしました。とくに生命科学者が慄いて、一斉に「これは間違いだ」と声明を出し、中国政府も処罰する法令を作った。

しかし、こんなことは今後どんどん出てくるかもしれません。すでに人間以外の動物では証明され、技術も開発されています。現に、人間の臓器を豚で作るということも行われている。こういったことが今後どんどん起これば、かなり技術優先の世界になります。

そこに必要なものが、「哲学」です。

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