京大前総長「哲学なき技術先行時代は終わる」 世界を激変させる「老化は病気」という認識

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日本のように医療制度が発達していないアメリカでは、このような格差がさらに大きい。ところが、老化は医療で治療するものだと認められれば、大きな変化が起きます。

世界には、なるべくすべての人々が平等に病気の治療を受けられるようにしようという原則があります。例えば、エイズの治療薬は最初は非常に高価でしたが、どんどん価格が下がって、今では貧しい人でも手に入れられるようになりました。だからこそ、まずは「老化は病気」と認めることが、老化という現象を止める大きな第一歩になるというわけです。

老化は「運命」から「情報理論」になる

現在の世間の常識では、老化は、すべての生物が持つ運命であり、避けられないものだと捉えられています。日本では100歳を超える長寿が増えてきたとはいえ、それでも平均寿命は80歳代です。

だからこそ、老年期になれば、今やっている仕事を引退して次の世代に譲るという、世代交代を前提とした社会システムになってもいます。ところが、老化しないまま200歳でも500歳でも生きられるとなれば、こういった生命観も社会システムもひっくり返ることになるでしょう。

老化の理由に関しては、これまでいろいろな研究結果が出ていますが、とくに本書では、「老化とは、遺伝情報の損失にほかならない」と断言されています。そして、遺伝情報の正しいあり方を安定させることができれば、老化を防ぎ、寿命はもっと延びるだろう、と。

20世紀後半に進んだ研究は、すべての生物の遺伝情報は、4つの塩基の組み合わせによって親から子に受け渡されるという、いわゆるデジタル情報(遺伝子)の話でした。

21世紀は、それに加えてエピゲノムを研究する学問が進んでいます。エピゲノムとは、アナログ情報のことです。生物は4つの塩基というデジタル情報だけでつくられているのではなく、遺伝子のはたらきを決定する、このエピゲノムというアナログ情報によってもコントロールされているのです。

例えば、双子は非常に近い遺伝子系を持っていても、一方は肥満で、一方は痩せているということが起きます。環境条件によってエピゲノムが変化し、違う性質が現れるわけです。

そして、老化は、年齢を重ねるにつれてエピゲノムが混乱することで、デジタル情報の読み出しがうまくいかなくなることによって起きると考えられています。それなら、老化の根本であるエピゲノムの状態を制御して、デジタル情報をきちんと読み取れるようにできれば、老化を止めたり、若返りさえも可能になるということになる。これを、シンクレア氏は「老化の情報理論」と表現しています。

これはすごいことです。発想そのものは、今までにもありましたが、彼が言い切るということは、それなりの証拠が出はじめているということでもあります。

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