さらに、帝になることはないものの、やはり桐壺帝がもっとも愛した女性との間の子どもだけに、社会的地位という点においてもこの上なくセレブ。その人気ぶりにまったく太刀打ちできないわがままプリンセスの心は、穏やかではなかったのも頷ける。しかも、そんな雲の上のような人に見初められたのであれば、特別感を得られた可能性はあるが、大人たちが勝手に決めた政略結婚なので、救いようがない。
そんなかわいそうな葵上は、源氏君に心を開くことなく、冷たくてよそよそしいまま数回の出番をこなしてからあっけなく命を奪われる。それでもキャラクターとして人気が高く、後世に書かれた能や小説など、『源氏物語』から派生した数多くのスピンオフ作品に姿を表すこともしばしば。マイナーなのに、なんとなく心引かれる葵上――その魅力はどこにあるのだろうか。
結婚初日からアウトオブ眼中
結婚初日からも、2人の気持ちのすれ違いが明らかだ。
〔…〕大殿の君、いとをかしげにかしづかれたる人とは見ゆれど、心にもつかず」おぼえたまひて、幼きほどの心一つにかかりて、いと苦しきまでぞおはしける。
葵上は年増なのに対して、源氏君はものすごく若いので、似つかわしくなく、いたたまれないと思っている。・・・
「…葵上は確かに魅力的だし、大切に育てられているけど、いまひとつ心を引かれないな」と思い、藤壺宮のことしか考えられなくて、(源氏君が)かなり追い詰められている。
ここでは2人の年の差はまだ明かされていないが、「過ぐす」という単語を古語辞典で引くと、「歳をとる」や「老ける」のほかに、「年齢が望ましい段階をすでに越えている。かなりの年齢である。」というふうに定義されている。まだ16歳なのに?!と現代人の感覚で思ってしまうけれど、平安時代は、男女関係はとにかく早かった。
そして、これはあくまでも葵上の視点なので、彼女が年齢のことを気にしているのを物語る表現のチョイスになっている。源氏君はといえば、このときはまだ藤壺宮にゾッコンで、12歳の子どものくせに、生意気にも妻のことは完全にアウトオブ眼中。
一応正妻だし、左大臣を怒らせるわけにはいかず、源氏君はやむを得ず葵上のところに通ってはいるが、訪問の数を最小限に抑えて、早くも目移りする癖がつき、手当たり次第に、美女たちにアプローチをしまくる。葵上にとってなおさら面白くない。そして、数年が経ち、ついに源氏君は六条御息所という強烈な熟女に手を出し、取り返しのつかないことになってしまうのだ。
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