古典界の「薄幸クイーン」何とも悲しい結婚生活 源氏物語・葵上になぜか心引かれる理由

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源氏君が参列する葵祭というイベントが行われ、あいにくにも正妻も愛人も見物に出かける。そして、ばったり会い、車を止める場所をめくって争いが起こる。いうまでもないが、車はさておき、そこで2人の女性はそれぞれのテリトリーと好きな男の近くにいられる権利を争っているわけである。そして、当然ながら、正妻が圧勝。しかも、六条御息所はちょうどそのときに葵上の懐妊について知ってしまい、プライドも心も粉々に……。

正妻との関係が長年冷え切っていると、源氏君が六条御息所の耳元でささやき、一生懸命彼女の愛を勝ち取ろうとしていたのに、懐妊だなんて、ショックは大きい。それはまさに、昨今の昼ドラマにもよく見られる、別居中だと嘘をつき、不倫を楽しむ浮気男の鉄板ネタ。

禁じられた恋に身を乗り出す男どものテクニックは1000年の間にちっとも進歩していないこと、危険な情事のワナにハマってしまう女も同じく、ありふれたウソにだまされ続けていることを考えると、人間はどれだけ愚かなものかとしみじみ思ってしまうのである。

愛人による世にも恐ろしい復讐劇!

さて、侮辱された怒りを抑えきれず、六条御息所が生き霊を飛ばして、葵上をぶっ殺す。これは『源氏物語』の名場面の1つ、世にもおそろしい復讐劇が華々しく開幕。

御几帳の帷子引き上げて、見たてまつり給へば、いとをかしげにて御腹はいみじう高うて臥したまへるさま、よそ人だに見たてまつらむに心乱れぬべし。まして惜しう悲しう思す、ことわりなり。白き御衣に色あひいと華やかにて、御髮のいと長うこちたきを引き結ひてうち添へたるも、「かうてこそ、らうたげになまめきたる方添ひてをかしかりけれ。」と見ゆ。
【イザ流圧倒的訳】
源氏君が几帳の帷子引き上げて中を見ると、葵上はとても美しくて、お腹が高く膨れ上がって横になっている。その様子を他人が見ても心が乱れるだろうに、夫である源氏君はさらに悔しくて悲しい思いで心がいっぱいだ。葵上は白い召し物を身にまとって、黒髪とのコントラストが絶妙。たおやかな髪の毛はひとまとめに結ばれており、体の脇に流れている。「こうあってこそ、可愛らしさになまめかしさも加わっていいな、本当に映えているね」と彼は思う。

葵上は陣痛に苦しんでいるだけではなく、物の怪に取りつかれていて、ほとんど意識不明の状態になっている。源氏君は夫らしく付き添っているというのはいいが、やはり彼の目線はどうしてもいやらしさがにじみ出ているのだ。妻の安否を案じているとはいえ、彼は長くて綺麗な髪の毛の流れに沿って、妻の体を注意深くながめる。美意識の塊なので仕方ないのだが、状況を考えるとかなり違和感を抱く。

次ページ葵上に対する表現が変わったとき…
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