ジョブズは私達を世界に繋ぎ孤独な存在にした 1人1台のコンピューターは全人類を覆う現実に

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「情報の共有によって時空間の障壁を取り除けば、個々の仕事だけではなく、最終的にはビジネスそのものの方法が変化するだろう」 『ムーアの法則』を生んだゴードン・ムーアとインテルを設立。アンデリュー・グローブ 1989年11月14日(撮影:小平 尚典)

食べること、とりわけ「味わう」という側面の貧弱さは、ジョブズの人間らしさの希薄さにつながっている気がする。とくに対人関係における情緒の欠落が甚だしい。実の娘を認知しようとしなかったことや、学生時代からの友人にたいしてストック・オプションの権利を与えなかったこと。当事者たちから見れば、人間性の欠如と言われても仕方のないようなことを生涯に山ほどしている。

ドキュメンタリー映画(『The Man In The Machine』)のなかで、元恋人がジョブズを評して「モノを愛するけれど人を愛せない」と言っているのは、一面当たっている気がする。女性遍歴の華麗さは「愛」とは関係がない。むしろ愛せないから巡り歩くのだろう。

伝記の類を読んでも、アンセル・アダムズの写真、ベーゼンドルファーのピアノ、バング&オルフセンのオーディオ機器、ポルシェやメルセデスの車、BMWのバイク、ヘンケルのナイフ、ソニーやブラウンの家電など、彼のまわりにはモノばかりが目立つ。モノにしか愛着を向けられなかったということだろうか。

「ともに味わう」ことの欠如

モノを味わうということは、確かにあるだろう。デザインを味わう、機能を味わう。音や振動やスピードを味わう。だがその場合、味わうことの仕様は1人だ。だからジョブズについては、味わうことの貧弱さというよりも、「ともに味わう」ことの欠如と言ったほうがいいかもしれない。彼が好きだったという龍安寺の石庭にしても、1人で静かに味わうといった趣の強い場所である。若いころに傾倒したスピリチュアルなもの、禅、瞑想、いずれも基本的な仕様は1人だ。他者にアクセスするというよりは、自分自身にアクセスするための修養であり、ひたすら「自己」に傾斜している。

自己に傾斜しているという点では、現在のぼくたちも同じかもしれない。現在の世界は完全に「お1人様」が基本仕様になっている。多くのものがその場で注文できる。しかもキャッシュレスのモバイル決済だ。どれを買おうか、何を食べようか。相談する相手がいなくても、その人のことをその人以上に知っているアルゴリズムがレコメンドしてくれる。

自分は変わらなくても済む、という意味でも世界の基本仕様は「1人」である。自分に合わせて情報を検索し、収集し、選択する。インターネットはそのようなものになっている。結婚相手もAIに決めてもらう。当人が重視する価値観と相手に求める価値観を測定し、どんな価値観のカップルが結婚に至ったかのデータを分析することによって、最適の2人をAIがマッチングさせる。この2人は数のうえでは2人だが、1人と1人が出会っただけで、もとの仕様は何も変わっていない。

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