3 神をポケットに入れて
ジョブズのプレゼンテーションはすでに伝説になっている。製品の売上総額をプレゼンの時間で割った数字から「3分間で100億円を生む」とも言われた。1998年のiMac、2001年のiPod、2007年のiPhone、2010年のiPadと、いずれも見事なパフォーマンスを披露している。
アップルⅡの時代からアップル社のマーケティング戦略を主導し、マーケティングの面でジョブズに大きな影響を与えたといわれるのがレジス・マッケンナである。のちにマイク・マークラの後任社長として、ペプシコからジョン・スカリーをスカウトしてきたのも、ジョブズ自身がマーケティングの弱さを認めていたからだろう。
このとき渋るスカリーを口説き落としたとされる殺し文句が、「一生、砂糖水を売り続ける気かい? それとも世界を変えるチャンスに賭けてみるかい?」というものだ。これはもうスカリーに向けてのプライベートなプレゼンみたいなものである。
「ぼくらはここで未来を創っている」
マッキントッシュに先行するコンピューター、リサのプロジェクトでプログラマーを務めるビル・アトキンソンを引っ張り込むときにも、3時間にわたる説得の最後にこう語ったらしい。「ぼくらはここで未来を創っている。ぼくらと一緒に宇宙に衝撃を与えてみないか?」。会話のなかで発せられる短い言葉が、すでに魅力的なキャッチ・コピーになっている。
同じくリサ・プロジェクトを率いたジョン・カウチをヒューレッド・パッカードから引き抜くときの手管も面白い。カウチの家を訪れたジョブズは、「もしきみがぼくを手伝ってくれたらこれをあげるよ」と言って、新しいアップルⅡのモデルをカウチの3歳の息子に与えた。カウチ自身は入社の要請を断るつもりだったらしい。だが息子はマシンをすっかり気に入ってしまい、約束の日になっても手放そうとしない。「お父さんがアップルに入らないなら、これは返す約束なんだよ」と言うと、「だったら、お父さんアップルに入ってよ」。(斎藤由多加『マッキントッシュ伝説』)