ジョブズの偉大な人生がその最期に示した境地

平凡で名もなき人の人生とつつましく釣り合う

「ONなのかOFFなのか」やはり生きていることはONだ。 スティーブ・ジョブズ 2003年11月27日(撮影:小平 尚典)
今からちょうど9年前、2011年10月5日に56歳の若さでこの世を去ったスティーブ・ジョブズ。その知られざる姿を、若き頃から彼を撮り続けてきた写真家の小平尚典と、あの300万部を超えるベストセラー『世界の中心で、愛をさけぶ』を著した片山恭一がタッグを組んで描く連載。ジョブズの命日を迎えた本日、最終回(第12回)をお届けします。

12 クリスト・ドライブ2066

あたりは閑静な住宅地だ。平日の昼下がりで、人通りはほとんどない。目的のガレージはすぐに見つかった。郵便ポストに「2066」と書いてある。その横に「立ち入り禁止」の看板が立ち、「防犯カメラが作動しています」という、やや脅迫めいた文言が見える。なんとなく写真を撮るのもはばかられる雰囲気だ。さり気なく何枚かシャッターを押す。建物の全景と入り口の郵便ポストなど。「立ち入り禁止」の看板が邪魔だ。

この家でジョブズが育ち、アップルを創業した

ここにジョブズが住んでいたことを示すものは何もない。ただ「クリスト・ドライブ2066」という住所を頼りにやって来た。その場所は、ぼくになんの感慨ももたらさない。

日本の感覚からすると高級住宅街ということになるのだろう。品のいい1階建ての家には、車が優に2台が入るくらいのガレージが付いている。住居部分の窓下にはレンガを積んだ花壇があり、手前にデヴィッド・ホックニーの絵で見るような、いかにもカリフォルニアという感じの芝生の庭がある。手入れが行き届いているのは、ロス・アルトス市の歴史的資産に指定されているせいだろうか。この家でジョブズが育ち、アップル社を創業したという理由らしい。

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確かに、ここでジョブズとスティーブ・ウォズニアックはアップル・コンピュータを起業した。1976年春のことだ。ジョブズはそれまで勤めていたビデオゲーム・メーカーを辞めたばかりで、ウォズニアックはヒューレッド・パッカード(HP)の社員だった。「アップル」という名前は車のなかでジョブズが適当に考えたらしい。

ウォズが設計し、ジョブズが販売を担当する。伝説によれば、いまぼくが目にしているガレージで、ウォズニアックは初代のアップルⅠを組み立てた。むき出しのワンボード・マイコンにすぎなかったが、すべてはそこから始まった。その場所に、いま自分は立っている。でも、何も感じない。気持ちが高揚しない。どうしてこんなところまで来てしまったのだろう?

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