ジョブズの偉大な人生がその最期に示した境地 平凡で名もなき人の人生とつつましく釣り合う

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「BIRTHPLACE OF SILICON VALLEY」(シリコンバレー 発祥の地) 1938年に、ここの左奥のガレージでHewlett-Packard(HP)が誕生した。2014年11月20日(撮影:小平 尚典)

ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』も同様の見通しに立つものと言えるだろう。AIなどの高度なテクノロジーが人類の大半を無用階級(useless class)とする一方で、人間は至福と不死を追い求めて自らを神にアップグレードしようする。コンピュータ・サイエンスとライフ・サイエンスの融合がそれを可能にしていく。完璧を目指す人間にとって、意識や感情は不要なノイズでしかない。「ホモ・デウス」に心や魂は必要ない。

「人間はアルゴリズムにすぎない」という科学的迷妄

ハラリのいう「神なる人間」へのアップグレードは、ぼくには「人間嫌悪」の裏返しであるように思える。人間であることへの絶望といってもいいかもしれない。ぼくたちの多くは人間であることに疲れている。自分や他人が人間であることにうんざりしている。なぜだろう? ジョブズと同じように、ぼくたちの自我も肥大し、絶対化しているからだろう。誰もが自己を持て余し、どう扱っていいかわからなくなっている。そこに「人間はアルゴリズムにすぎない」という科学的迷妄が心地よく染み渡っていく。

1万年時計というプロジェクトがある。スチュアート・ブランドたちによって1995年に始まったもので、100年や1000年といった単位で歴史や未来をとらえるのではなく、農耕文明が始まって1万年を経たいま、次なる1万年に向けて考えようと呼びかける。そのモニュメントとして1万年の時を刻み続ける巨大な時計を建設するという計画だ。プロジェクトを進めるロング・ナウ協会の理事には、元ワイアードのクリス・アンダーソンやケビン・ケリー、未来学者のポール・サフォー、『未来地球からのメール』の著者として知られるエスター・ダイソンらが名を連ねる。

ビル・ジョイが危惧する破滅的な未来と、ロング・ナウ協会の前向きな1万年時計。トーンは違っても、ぼくには同じものしか見えてこない。同じ世界と未来が見える。人間が消えた世界で静かに時を刻み続ける時計、その時計が作られたころ「人間」と呼ばれていたものとは、似ても似つかないものが地上には棲息している。

このままテクノロジーを野放しにしていたら人類は深刻な存在の危機に直面するという警告も、そうならないために持続可能な1万年先の未来を考えようという啓蒙も、ぼくの心には響かない。そこで紡がれる言葉は空疎で、かんでもなんの味もしない。なぜか? 理由は簡単だ。もし自分ががんのような深刻な病気を告知され、余命半年から1年を宣告されたら、人類の深刻な存在の危機も持続可能な1万年先の未来も、その場で跡形もなく揮発してしまうと思えるからだ。

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