ミクロとマクロでは処方箋が異なる、ということは少なくない。当コラムで議論する「株高不況」(「株高」と「不況感」が同居するいびつな経済環境)への処方箋についてもそうなのだが、まずは「円安」への対処という視点でこの問題を考えてみたい。
コロナ後、「悪い円安」という言葉が流行し、社会問題化した構造的な円安への対応として、メディアやSNS上では「ドル等の外貨を持つべきだ」というアドバイスが横行した。
日本経済の構造的な弱さを背景に、円という通貨の価値が毀損し続ける――という不安を軽減するために資産を外貨にシフトさせることは、ミクロ的な視点、すなわち個人の購買力を守るという目的においては正しい選択と言えた。
しかし、マクロ経済学的な視点に立てば、この推奨は極めて危うい。
「外貨を持て」との助言に皆が従えば、円安は加速する
もし日本中のすべての個人がこの「正しい助言」に従い、一斉に円を売りドルを買えばどうなるか。
円売り圧力がさらに強まり、円安は加速、輸入物価の高騰を通じて誰も幸せにならない帰結を招く可能性がある。
先に動いて円資産を減らしていた者は、後続の動きによる円安進行で投資的な成功を収めるだろう。しかし、それは実体経済の成長に寄与したわけではなく、他者を出し抜いた「投機」に成功したにすぎない。
必要以上に円安を加速させ、日本経済にネガティブな影響を及ぼすアドバイスは、ミクロでは正しくてもマクロでは望ましくない方向へ進む「合成の誤謬」の典型例といえる。
なお、ここでは円安が日本経済にプラスかマイナスかという話をしているのではなく、群衆行動によって必要以上に(ファンダメンタルズ=経済状況から乖離して)円安が進む可能性を問題視している。
筆者はメディア等で「円安に対してどうすべきか」と問われるたび、強い困惑を覚えてきた。おそらく質問者が求めているのは「外貨資産を増やしましょう」という簡潔な回答だったのだが、マクロ経済を担当するエコノミストとして、その回答を口にすることはできなかった。



















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