公立病院でブラック労働させられた男性の告発 業務委託で働く職場で「奴隷」呼ばわりされた

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「まず、着替えは必要な業務なので遅刻ではありません。それから、調理補助は委託業務なので委託元の調理師の指示は受けられません。偽装請負になってしまいますから。(苦情には)なにひとつ正当性がなく、(雇い止めには)応じられません」

あまりの正論を前にぐうの音も出ない会社は、今度はハルオさんを別の委託先である公立学校の給食の洗い場へと配置転換した。さらにシフトを短縮、月収は10万円にまで落ち込んだ。“兵糧攻め”である。たまりかねたハルオさんはユニオンに加入。団体交渉の結果、納得できるだけの金額を提示されたので、今年に入り、金銭和解に応じたという。

まじめに働いても借金する人がいる

世の中には不当な扱いをされても、泣き寝入りする働き手は少なくない。失業するわけにはいかないからだ。なぜ、ハルオさんはここまで正論を押し通すことができたのか。1つには、ハルオさんが社会保険労務士(社労士)と宅地建物取引士(宅建)の資格を持っていたからだろう。

ハルオさんが都内の大学を卒業した当時、世の中は就職氷河期の真っ只中。「まともな就職先」は望めなかった。実際、いくつかの会社で働いたが、正社員として雇用されたことは1度もない。転機となったのは、消費者金融で督促の仕事を経験したことだという。

「それまでは借金なんて、派手に遊んだり、計画性がない人がするものだと思っていました。でも、実際にはまじめに働いても、事業に失敗したり、失業したりして従業員や家族ために借金をする人もたくさんいました。(借金苦から)自殺した人も見てきました。このときの経験が、労働と貧困という問題に関心を持つきっかけになったように思います」

その後、営業職にも挑戦したが、いわゆる「名ばかり事業主」で月収10万円にも届かなかった。こうなったら自分の力でなんとかするしかないと、調理補助の仕事をしながら、社労士と宅建の資格を取得したのだという。
つまり、ハルオさんは調理補助の仕事をいつでも辞めることもできたわけだ。なぜ、ここまで病院や会社との徹底抗戦にこだわったのか。

「『ブラック職場』をとことん経験してやろうと思ったんです。意地もあったかもしれません。ユニオンに入った理由ですか? 会社に話し合いに応じる義務が生じるからです。私が1人で会社に抵抗しても、会社から『嫌なら訴えれば』などと話を打ち切られたら、どうしようもないんですよね。でも、ユニオンに入れば、個人でも会社と対等に交渉ができます」

現在、ハルオさんは、自分の問題の解決にかかわったユニオンの専従職員となり、労働相談を受けている。働きながら資格を取ることは容易ではなかったが、早々に社労士の知識が生きることになった。大学卒業以来続けているベースの演奏などによる収入を合わせると、月収は30万円ほどだという。

年度の変わり目に加え、新型コロナウイルスの影響で、相談者は増えている。ハルオさんには、電話や訪問による相談の合間を縫って話を聞いた。1歩も引かず会社と渡り合ったタフさとは対照的に、終始柔らかな物腰で話を聞き出す姿を見ていると、労働相談はハルオさんに向いているのかもしれないと思う。

取材後、ハルオさんが働いていたという会社のホームページをのぞいてみた。全国各地の自治体や企業から清掃や給食などの業務を広く請け負っているようだ。明るい日差しの下、エプロン姿の女性やマスクと帽子を着用した男性がほほ笑む写真を掲載し、「必要な労力を、必要な期間だけ提供」「低コスト、高効率の実現が可能」とうたっている。 

社会保険料の企業負担をケチり、社員にただ働きさせ、外国人労働者から搾取すれば、そりゃあ、低コストも実現できるよね――。思わず声に出して突っ込んでしまった。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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