正職員の調理師らが、新しく入ってきた若い女性の調理補助員に対し、突然後ろから抱きついたり、執拗に飲みに誘ったりする。そうかと思うと、配膳や盛りつけの方法が違うと言って「馬鹿野郎」「ふざけんな」と怒鳴る。委託先会社の上司は見て見ぬふり――。
「例えば盛りつけ1つとっても、手袋をして取り分けるのか、トングを使うのか、菜箸を使うのか、調理師によって違うんです。衛生上問題がなければ、どれも正解。なのに、自分のやり方と違うというだけで怒鳴られる。1日、2日で辞めていく人もいました」
一般的に労働環境が荒れると、製品やサービスの質が劣化する。
ハルオさんの病院では、入院患者向けの食事に小さなゴキブリや虫、舐めかけの飴などの異物が混入したり、アレルギーを持つ患者にエビや卵が入った食事を提供してしまうなどのオーダーミスが頻繁に起きたという。
「みんないつ怒鳴られるかとびくびくしていますから、どうすればミスを減らせるか考える余裕なんてありません。それに、こうしたミスはすべて委託先の調理補助員のせいにされました。正職員の責任が問われることは1度もなかった」とハルオさん。面と向かって奴隷と言い放つ人は1人だけだったが、“最下層”の委託先労働者には何をしてもいいという空気は職場中にはびこっていたという。
こんな病院、絶対かかりたくない――。ハルオさんの話を聞き、心底そう思った。
公務の外部委託先が官製ワーキングプアの温床に
国や自治体の財政難を背景に、公務を民間事業者に外部委託することは、いまや当たり前の光景となった。清掃や夜間警備、窓口業務、電話交換、水道の検針業務――。委託料を圧縮したい自治体と、なんとしても受託したい事業者の間で、入札価格はぎりぎりまで抑えられる。しわ寄せを受けるのは、委託先労働者の人件費。公務の外部委託の現場が官製ワーキングプアの温床となるわけだ。
実は、ハルオさんは調理補助員として5年ほど働いたが、その間に受託事業者が変わった。新しい事業者はさらに安い委託料で落札したと、後になって聞いた。社会保険未加入やただ働きなどの不法行為が起きたり、異物混入やパワハラといったトラブルが増えたのは、新しい事業者に変わってからだという。
念のため。ハルオさんにはいたずらに公務員を批判する意図はない。「公務員である調理師も、病院による効率化や経費削減のプレッシャーを受けていたと思います。そのストレスを“格下”の委託先労働者にぶつけていました」とハルオさん。「正規公務員VS非正規公務員」ではなく、あくまでも国や自治体における行き過ぎた効率化と、「安かろう、悪かろう」がまかり通る外部委託の構造が、ゆがんだ格差を生み出しているのだという。
こうした職場で、ハルオさんはあらゆる局面で会社に抵抗した。着替えや手洗いは業務時間内に行ったし、休憩もきっちり30分取った。同僚らよりも調理場に行くのが遅れると、そのたびに「遅刻だ」と叱責されたが、「だったら賃金を払ってください」と突っぱねた。病院側の意向を受けた会社が、破損した食器の代金を調理補助員の給与から天引きしようとした際も、違法だとして撤回させたという。
委託元である病院や会社にしたら、さぞ煙たい存在だったことだろう。昨年、ついに病院側から「毎日遅刻してくる」「調理師の指示に従わない」などの苦情が出ているという理由で雇い止めを通告された。これに対し、ハルオさんはこう反論した。
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