「全盲の親」に育てられた子が感じてきた"葛藤" 「善意」と「無遠慮な視線」に思うこと

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「子どもを産んだ私の友達に、よく聞かれます。『あなたの親、どうやって子どもを育てたの? うちらは何も障害はないのに、たった1人の子育てでもヒーヒー言ってる。それを目が見えないで3人も育てるって、どういうこと? 魔法使いなの?』って(笑)」

近所の人も、同様に感じたのでしょう。結子さんは5歳の頃、団地から一軒家に引っ越したのですが、当時こんなことがありました。自宅裏に住んでいたおばさんが、「結子ちゃんのお母さん、目が見えなくて大変ね。いつもお弁当を買ってきて食べてるんでしょ? みんなでこれを食べて」と言って、おかずを差し入れてくれたのです。

もちろん、親切です。しかし結子さんたちにとっては非常に“的外れな親切”でした。なぜなら彼女の母親は目が見えなくても誰よりも料理がうまく、食事に困ったことなどいっさいなかったからです。

「このときは子どもながらに憤慨して『おばちゃん、これいらないよ!』って突っ返してしまいました。いま思えば親切な人でしかないのですが……。母親が台所に立って料理している姿を見ていないんだから、わからなくてもしょうがないですよね(苦笑)」

なるほど、結子さんの憤慨もわかりますが、近所のおばさんが心配したのもわかります。筆者も「視力なしで料理をする」という状況が、話を聞いてもまだうまく想像できません。

そこで試しに動画を検索してみたところ、いろいろと見つかりました。全盲のお母さんが、玉ねぎを切り、フライパンを火にかけ、調味料で味付けをし、ごく「ふつう」においしそうな料理を作っている映像もありました。

視覚以外の感覚をフルに使って

結子さんの話を聞いたとき、「お母さんが特別すごい人だったからできたのでは?」と思ってしまったのですが、目が見えなくても料理ができる人はたくさんいるようです。もちろんできない人もいるでしょうが、それは目が見える人も同様です。視力の有無だけで、料理をできるかどうかの判断をすることは、適切ではなかったのでした。

目が見えない人の生活を想像するとき、私たちはどうしても「今の自分が、急に目が見えなくなった状況」を想像します。だから「大変だ! 何もできない」と思ってしまうのですが、実際はだいぶ違うのでしょう。視力なしで長く生きてきた人たちは、ほかの感覚をフルに使い、われわれが想像するよりはるかにいろんなことをできるようです(もちろん人によって異なりますが)。

裏のおばちゃんも「料理は不可能」と勝手に決めつけず、手助けが必要なことがあるか、あればどんなことなのかを、先に聞けたら喜ばれていたのでは。

なお結子さんの母親は、揚げ物は「菜箸の先から伝わってくる振動や音」で火の通り具合を察知し、液体を注ぐときの音で、お湯か水かさえ区別できたそう。お母さんの提案で、視覚障害のある人向けの料理講習会もやっているといいます。

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