乙武洋匡「義足歩行の挑戦はまだ終わってない」

誰かの役に立つかもしれないから頑張れる

――プロジェクトを機に心境の変化は?

強がりではなく、自分に手足があればなあ、と考えたことはありませんでした。健常者だって「手が4本あったら便利なのに」と考えないですよね。それは手が4本ある便利さを知らないからだと思います。それは私も同じこと。手がある人が、突然手がなくなったら不便さを感じると思いますが、私は生まれたときからなかったので。

ところが、たった2本のパイプが伸びただけの義手を付けたとき、拍手や、ドラムをたたけるようになるかもしれないと、空想が広がるようになったのです。もし、指の関節のような性能のいい義手を付けたら、もっといろんなことができるようになるだろうと思いました。

手足があれば、これまでの人生でもっといろんなことができていたのかなあと思うと、自分は結構大変な人生だったのかもしれないと、初めて実感しました。

乙武義足プロジェクトのメンバー。プロフェッショナルぞろいだ(撮影:森 清)

――さまざまな専門家が関わって予算もつき、資金も集まってプロジェクトを進めていく中でプレッシャー、使命感は相当なものがあったのではと想像します。

私自身が「義足で歩けるようになりたい」という想いを抱いて実現したプロジェクトであれば、ここまで頑張れていなかったと思います。勝手な使命感というか、誰かの役に立つかもしれないという思いがあり、それがあるから頑張れます。

燃え尽きるところまでいくしかない

――あとがきで「このプロジェクトはフィナーレを迎えていない」と書かれています。フィナーレはどこに?

これがないんですよ。私たちが燃え尽きるところまでいくしかないのです。何メートル歩けるようになったらおしまい、というような数値設定や、何ができるようになったらおしまい、というものがありません。

今までは歩ける距離を延ばすことに専念してきましたが、今は、私自身の力で立ち止まったり、左右に曲がったり、Uターンする練習をしています。まっすぐどれだけ歩けるかというゲームをやっているわけではなく、最終的には、膝もない人が、この義足を着用して生活できるようになることが目標なので実践的な練習が必要なのです。

――『四肢奮迅』に限りませんが乙武さんの本を読むと、かなり細かい情景描写が随所に見られるのですが、こうしたディテールを描くために日々記録を残しているのですか?

記憶しています。小さなころからの積み重ねで、誰が何を言っていて、自分がどう感じたかを、メモや録音をしなくてもわりと正確に記憶できます。

一応、短い腕と頬にペンを挟んで字を書くことはできますが、皆さんほど書くスピードは速くないし労力を使うため、小学校の授業ではノートをとる際、書くことよりも話を聞いてしっかり覚えようという気持ちが強かったのです。記憶に関しては、ほかの人よりもアドバンテージが高いような気がしますね。

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