乙武洋匡「義足歩行の挑戦はまだ終わってない」 誰かの役に立つかもしれないから頑張れる
――そして遠藤さんはプロジェクトを進めるにあたり、実際に歩くことに挑戦してくれる人として乙武さんを選んだ。
この技術を求めている多くの人に届けようと考えた遠藤さんは、有名人を起用しメディアが取り上げることで、その情報が世に伝わるような戦略を立てました。それで私に白羽の矢が立ったのです。
実際にオファーをいただいたのが、2017年の秋でした。当時私は、スキャンダル報道から1年半が経っており、東京の家も引き払っていて海外を放浪していた時期でした。その頃「文科省が所管するCRESTという科学技術振興プロジェクトに申請を出したら通ったので、ぜひ協力してほしい」という話を遠藤さんからいただいたのです。

――当初はモニターになるような気持ちだったとか。
3カ月に1度くらいのペースで義足を装着して感想を言う程度のイメージでした。それがまさか、自宅のリビングに平行棒が導入されるほど日常生活でハードなトレーニングを積むことになるなんて、お引き受けした時点では思ってもいなかったですね(笑)。
――『四肢奮迅』には乙武さんが幼い頃に義足を体験した話が書かれています。当時と比べて義足の進歩を感じましたか?
このプロジェクトに参加するまで、今のテクノロジーがどの程度のものなのか認識できていませんでした。
2016年3月に遠藤さんと対談した際、「これまで義足に挑戦したことはありますか?」と聞かれ、「実は3歳になるころまで義足に挑戦していた時期があるんですが、そのときはうまくいかなくてやめてしまったんです」というお話をしたところ「40年前の技術では、乙武さんのような身体の人を歩かせるのは難しかったでしょう。そこから40年経った今の技術でも歩かせることは難しいのか。昔、義足がうまくいかなかったからといって、諦めてしまうのは悔しい。研究者としていつか試してみたい」と言われました。
理系の研究者のこだわり、矜持のようなものにかっこよさを感じました。
「1日1歩 3日で3歩 3歩進んで 2歩下がる」
――乙武義足プロジェクトを進めていく過程では、義足の高さを変えたり、義手を付けたり、靴を履いたり、と条件が変わるごとにそれまでの歩みがいったん止まって、その都度乗り越えなければならない障害となって立ちはだかったそうですね。
水前寺清子さんの『三百六十五歩のマーチ』の歌詞にある「1日1歩 3日で3歩 3歩進んで 2歩下がる」の繰り返しです。
ようやく感覚をつかみ歩けるようになったかと思うと次の課題が出てきて、またバランスが崩れて感覚を忘れ、また身体を対応させて……の繰り返しが2週間に1度続き、心が折れそうになります。
私が歩けるようになることだけが目的なら、いっぺんにガラッと変えて、「ハイこれで練習してください」と取り組むほうが効果的な練習ですが、これは研究なので1つずつデータとして蓄積させる必要があったのです。