日本はいつの間にか夢が語れない国になった

『東京難民』佐々部清監督が語る日本社会の歪みとは

社会システムの「上」にいる人たちに見てほしい

――若者層の貧困について、取材はどれくらいされたのでしょうか?

脚本の青島さんは、もともとこういうことに非常に関心を持っていたのです。だから「ネットカフェ難民」という言葉が出てきた2007~08年くらいに放送されたドキュメンタリーはだいたいDVDでストックしていましたし、そういった本や新聞の切抜きもたくさん持っていました。ですから脚本を作るに当たっての資料はほとんどあったと思います。ただ、この『東京難民』の原作が連載されていた当時から、たった5年ほどしか経っていないのに、日本の格差社会や貧困の形がどんどん変わってきている。今の時代に合わせるために、取材し直さなければいけない面はありました。

たった5年間でも、あっという間に社会もシステムも変わってしまった。それこそリーマンショックの後、当時は民主党の時代でしたが、政治家までもが声を上げて、暮れに日比谷公園で炊き出しをやっていたのに、昨年の暮れは、渋谷の宮下公園から(ホームレスの)追い出しを役所がやっていたわけです。東京五輪に向けて、東京からそういった人たちを排除しようという流れになっているのです。来年、『東京難民』を撮ることになったのなら、また違う話になっているかもしれないですね。

――試写会などでの若者の反応はどうだったのでしょうか?

一度、大学生限定の試写会を実施して、質疑応答をやりました。そのときは「こんな暗い映画はつまらないよ」なんて反応があったらどうしようかと思っていたのですが、意外にもみんな真剣に見ていました。その後の質疑応答の際にひとりの男の子が、とあるシーンで、主人公が“時枝修”という自分の名前を再確認するセリフがあって、「そこにガツンときた」というのです。驚いて、「どういうこと?」と尋ねたら、アルバイトしていても「時枝君」とか、名前で呼ばれることはなくて、「バイト君」「学生さん」と呼ばれるんだと。それは僕たち大人がそうやってしまっているんですよ。僕が学生のときは、アルバイトをしていても、ちゃんとそこの店長さんなりに「佐々部」と名前を呼ばれていたはずですよ。それはある種、大人の責任なんですが、それでもこの映画を観て、そういうふうに考えてもらえるなら「それでもいい」と思うようになりました。

――見る人の心に少しでも刺さってもらえればということですね。

今までの僕の映画の観客層って、割と年齢層が高かったのですが、今回は若い人に見てほしいと思っているのです。それからシステムの上にいるその人たち、いわゆる政治家に見てもらいたいという思いがあったのです。

――マスコミ向けの完成披露試写会のときに、本作を安倍首相にも見てもらいたいと発言されました。

昨年に安倍さんご本人とお会いしたときに、「来年、僕はこういう新作を出しますんで、DVDを送ります。見てください」と言っておいたのです。ですから実際にDVDを送りました。「コメントをください」と言ったのですが、「さすがに総理という立場では」ということなので、代わりに昭恵夫人からコメントをいただきました。

――安倍さんは夫人と一緒に映画をご覧になったのでしょうか?

安倍さんが見てくださったかどうかは、わかりません。でも見てもらえたらいいなと思っています。

(C)2014『東京難民』製作委員会

 (撮影:今井康一)

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