僕が"3.11後の物語"を作ったワケ 『家路』久保田直監督が切り取る"フクシマ"の今

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 東日本大震災後の福島を舞台にした映画『家路』が3月1日から全国公開されている。松山ケンイチ、内野聖陽、安藤サクラら豪華キャストの出演も話題の人間ドラマだ。
 厳しくも美しい自然の中で、農作物を育て、先祖代々受け継いできた土地を守りながら生きてきた一家。震災直後に警戒区域に指定され、無人となった故郷に弟・次郎(松山ケンイチ)が帰ってくる。そこで彼はたったひとりで田を起こし、苗を育てる。一方、震災によって、先祖から受け継いだ土地を失い、家業だった農業もできなくなった長男・総一(内野聖陽)は、鬱々とした日々を過ごしていた。そんなある日、長きにわたって音信不通だった弟が帰ってきたと知った総一は、警戒区域に次郎を迎えに行くことにするが――。
 深い葛藤を抱えながらも、希望を見出そうとする家族の物語を描き出した本作のメガホンを執ったのは、2007年にMIPDOCでTRAIBLAZER賞を受賞し、世界の8人のドキュメンタリストに選出された経歴を持つ久保田直。本作では、ドキュメンタリストならではの視点を織り交ぜながら、「家族の絆とは?」「人間の誇りとは?」を観客に問いかける物語を紡ぎ出している。そこで今回は、本作が劇映画デビュー作となった久保田監督に、本作の制作の裏側について聞いた。

――本作の公開は東日本大震災から3年が経ったタイミングに重なります。

世間の雰囲気としては、震災の記憶がどんどん薄れていって、風化しているようにも感じます。それから、震災とこの原発の問題は、明らかに違う問題として考えなければいけません。心の問題は別として、震災の被災地は、神戸もそうだったように、復興することで希望が持てることがあると思うのですが、福島に関しては、少なくともあと数年間は復興すらできないのではないかという実感があります。

――野田佳彦元首相が2011年の暮れに福島第一原発事故の「収束宣言」を発しましたが、この作品でそれを意識した部分はありますか?

実はもっと前からこの作品の脚本を書き始めていたので、「収束宣言」がきっかけということはありません。ただ「収束宣言」という面に関しては、放射線の数字レベルで帰村できるようになったとしても、実際に帰村されて、生活が元どおりになるかというと、それは無理があると思います。たとえば小さなお子さんがいるご家族なんかが「戻ってもいいよ」と言われたとしても、なかなか戻れないですよ。何を信じたらいいのかわからないですし、若い人が戻れない場所は、やっぱり町として成立しないですよね。老人たちだけで生きていけるのかといえば、それはなかなかに難しいですから。そういう意味では収束どころか、何も変わっていないというふうには思います。

(c)2014『家路』製作委員会
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