田辺聖子「直木賞の常識を壊した」偉大なる才能

彼女が乗り越えた文壇に根付く「性別の壁」

「直木賞初」の女性選考委員だった田辺聖子さんのこれまでの足跡をたどる(写真:時事通信)

2019年6月6日、作家の田辺聖子が亡くなった。1956年のデビュー以来、長きにわたって残した彼女の足跡が、いまの文芸界の一端を形作っていることは間違いない。いったい田辺聖子とはどんな存在だったのか。改めて確認しておきたい。

田辺聖子の業績

とはいえ、話を絞らないと収拾がつきそうにない。なにしろ遺した小説は膨大にあり、3部作と言われる『言い寄る』『私的生活』『苺をつぶしながら』や、『猫も杓子も』『ジョゼと虎と魚たち』……すべてはとうてい挙げ切れない。

あるいは、ユーモアと温かさに満ちたエッセイの数々。『女の長風呂』からやがて『ああカモカのおっちゃん』シリーズと呼ばれるようになる一連の作品をはじめ、広く読者に愛された。

源氏物語、小倉百人一首などの古典作品を扱った作品もあれば、近現代の文学者の生涯をたどる『千すじの黒髪 わが愛の与謝野晶子』『花衣ぬぐやまつわる…―わが愛の杉田久女』といった伝記文学もまたよく知られている。これらを含む幅広い領域のなかで、ここでは1つの仕事に注目したいと思う。文学賞の選考委員としての業績だ。

日本で有名な文学賞に、直木賞と芥川賞がある。直木賞は大衆文芸(エンターテインメント小説)の、芥川賞は純文芸の、新人から中堅までの作家を対象にして、毎年2回、1月と7月に選考会が開かれている。

田辺が携わった文学賞は、女流新人賞やサントリーミステリー大賞、山本周五郎賞など数多くあるが、なかでも全36回と最も多くの回数を選考したのが直木賞だった。その選評が『田辺聖子全集』(24巻)に収録されるなど、彼女の業績を代表する1つと言ってもいい。

実際、直木賞選考委員としての田辺を見ると、ある重要な特徴がある。彼女が「既存の枠組みを越える存在」だったということだ。

1934年、この賞の創設を提唱したのは菊池寛だが、自身も選考委員を務め、1943年には選考会の顔ぶれを刷新することを決断。委員から退くにあたって、こう書いている。

「今後は、芥川賞・直木賞とも、芥川賞・直木賞受賞者の中から、適当な人に銓衡委員になって貰うつもりである。」(『文藝春秋』1943年9月号「話の屑籠」)

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