差別特集の失態だけで語れない新潮社の本質

「新潮45」問題で霞んでしまった良書の存在

『新潮45』をめぐる騒動で休刊を発表した新潮社は、はたして汚名返上することができるのだろうか?(写真:Nicolas Datiche/アフロ)

今年、文芸出版界で注目を集めたのは、何といっても新潮社だった。特に、月刊誌『新潮45』をめぐる騒動は、多くの人の怒りと失望を招いた。「『LGBT』支援の度が過ぎる」と自民党・杉田水脈議員が同誌に寄稿したのが7月18日発売の8月号。

広く非難の声が沸き起こると、10月号(9月発売)ではそれに反論する形で、「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」という特別企画を展開する。

ところが、そこに載った「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」と題する小川榮太郎氏の記事が、いっそう事態を悪化させた。まるで論の態(てい)をなしていないどころか、LGBTに対する差別的表現の連続だったのだ。さらなる大炎上となり、発行元の新潮社は「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現」を掲載したことを謝罪、9月25日に同誌の休刊を発表した。

そのなかで、一部の書き手や業界関係者からは「新潮社からの原稿はもう引き受けない」「出版物はもう買わない(あるいは、販売しない)」などの声が上がり、同社の前では抗議デモも行われた。長年培ってきた信頼の失墜は、どうあっても否めない。

「新潮社」とはどんな会社なのか?

新潮社の歴史の中で、最大の汚点と言ってもおかしくない今回の事件。はたして同社の先行きは暗いのだろうか。少し考えてみたい。

創業から122年、これまでの新潮社の歩みはとにかく長い。とうてい短くまとめることはできないが、あえて無理やり圧縮すると、「この会社は、文芸という扱いづらい商品を巧みに活用してきた」と言うことができるだろう。

社名そのものが誌名になっている『新潮』は、いわば同社の中枢的な雑誌だが、いわゆる純文芸誌のジャンルに属している。創刊は1904年、元号でいうと明治37年で、日露戦争が勃発した時代だ。周りを見れば国中が戦争突入に沸き返っている。「どうして文芸誌などに手を染めるのか」「無謀すぎる」という周囲の忠告にも耳を貸さず、初代社長の佐藤義亮が意気込んでつくったという。文芸への愛情、世間に対する反骨心……。文学好きなら、このエピソードだけで新潮社のファンになってしまうかもしれない。

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