差別特集の失態だけで語れない新潮社の本質 「新潮45」問題で霞んでしまった良書の存在

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お笑い芸人の話を続けると、昨年2017年『新潮45』で1年間連載されていた髭男爵・山田ルイ53世の「一発屋芸人列伝」が、3月に「第24回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。5月には単行本になった。話題性のわりにはそこまで爆発的に売れてはいないが、これが全篇、無類に面白い。

取材を基に積み上げた事実を書き手のフィルターを通して文章化した創作物で、新潮社が培ってきた文芸出版ジャーナリズムの1つと呼んでいい。今年新設された「Yahoo!ニュース 本屋大賞ノンフィクション本大賞」でも候補の1つに挙がっており、11月8日に受賞作が発表される。

あるいは、8月に「第54回谷崎潤一郎賞」の受賞が決まった星野智幸の『焰』は、1月に新潮社が刊行した連作短編集だ。たとえば収録作の「木星」には「半島系クレーマー民族」という表現も出てきて、思わずドキリとさせられる。あえて差別的な言葉も取り入れた、と作者が語る『焰』からは、そういった表現が自然と行き交う現状に対する危機感が、明らかに読み取れる。ある意味では、文芸というつくりものを介して、ヘイト的な言説と向き合おうとした作品と言うことができる。

新潮社の汚名返上を願う

『新潮45』10月号に載った小川榮太郎氏の記事は、確かに問題の多い文章だった。未然に公表を防げなかった編集体制は批判されて当然だろう。この一件で新潮社が完全に清廉潔白な企業に生まれ変わることができるのか、かなり疑わしい。しかし、だから新潮社は駄目なのだと断罪するのが適切だろうか。そうとも思えない。

10月号が発売された直後、同誌に対する批判がTwitterに大量に書き込まれるなか、同じ会社の「新潮社出版部文芸」アカウントがその批判をリツイートして拡散に努める、ということがあった。また、10月6日に発売された『新潮』11月号では矢野優編集長の名で、『新潮45』に差別的表現を載せたことを自らの問題と受け止め、自らを批判し、謝罪する文章を掲載した。

もはや組織の抱える根本的な問題は治らないかもしれない。しかし、組織で働いている個々の社員に、互いに注意し合ったり、反省しようという考えが、この会社には少なからず存在している。文芸を拡大解釈してビジネスにつなげるという新潮社の特質が、これで萎縮することがなければ、汚名返上は十分に期待できるものだと思う。

川口 則弘 直木賞研究家

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かわぐち のりひろ / Norihiro Kawaguchi

1972年、東京都生まれ。筑波大学比較文化学類卒業。昼間は会社員として働きながら、趣味である「直木賞」研究にコツコツと没頭。2000年から、直木賞非公式WEBサイト「直木賞のすべて」を運営。さらに趣味が高じて「文学ではなく、大好きな文学賞」の研究範囲が拡大。「芥川賞のすべて・のようなもの」「文学賞の世界」のサイトまで運営。

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