田辺聖子「直木賞の常識を壊した」偉大なる才能

彼女が乗り越えた文壇に根付く「性別の壁」

さらにもう1つ、田辺は直木賞の選考委員にあった「性別という壁」を、はじめて越えた人でもある。

日本の文学賞の選考委員は、長い期間ほとんどを男性が占めていた。昭和の時代、公募ではない既成の作家向けの文学賞ではその傾向が顕著に見られ、女性の選考委員というと林芙美子(横光利一賞)や円地文子(谷崎潤一郎賞・平林たい子文学賞)、佐多稲子(野間文芸賞)など数えるほどしかいない。

なかでも直木賞と芥川賞は、歴史の長さや、一般的な注目度では群を抜く存在だったが、創設から50年以上、女性の選考委員が1人もいなかった。潮目が変わるのは1980年代に入った頃からで、この状態はおかしいのではないか、とまわりから声が上がりはじめる。

おりしも1985年「男女雇用機会均等法」が制定されるなど、ビジネスシーンにおける男女の格差が社会的に問題視された動きとも呼応して、批判は熱を帯びた。

「直木賞初」の女性選考委員

1987年5月、第97回から女性が選考会に加わると発表されたときは、新聞各社が大きく報じるほどに注目が集まっていた。このとき平岩弓枝とともに、直木賞ではじめて女性の選考委員になったのが田辺聖子だった。

そこで単に性別の壁を越えた、というだけではないのが、田辺の偉大なところだろう。選考姿勢がまた従来の形を越えていた。

それまでの直木賞は、リアリズムにあふれた重厚なものが評価されやすく、ファンタジーやミステリー、冒険小説に対しては厳しい、という側面があった。しかし田辺は、これらのジャンルにも愛着をもって接する。

景山民夫の『遠い海から来たCOO』、原尞『私が殺した少女』、乃南アサ『凍える牙』、京極夏彦『後巷説百物語』……面白いエンターテインメント小説が直木賞からこぼれ落ちないように高く評価することも少なくなく、1つの潮流を生んでいく。

圧巻なのは、それを評するときの選評の鮮やかさだ。好きなものを褒めちぎる。逆に、自分の評価に合わないものでも切り捨てない。下品にならずに論評する。田辺の選評は、その難しいことを実にあっさりとやってのけているのだ。直木賞だけに限らない。ほかの賞も含めて、田辺聖子の選考委員としての業績は、いま一度、再認識されていい。いずれ選評集が編まれて刊行されることを、私は強く願っている。

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