33歳、極めて独創的な「文様」で稼ぐ男の生き方 意味を重ねた物語がつながって広がっていく

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通い始めて3年目のとき、戸田の漁師が着る万祝服(大漁を祝う服)の袖の部分を見て、

「どこかで見たことがある文様だな」

と思った。

「その文様はアイヌの文様に似てる、って気がついたんです。それで、さっそく戸田の郷土資料館に行ったんです。そうしたら、戸田はアイヌの人たちが流れ着いた場所だったんです」

文様のつながりを自分で発見できたのは、とてもうれしかった。

アプスーさんの文様作品(筆者撮影)

「文様ってめちゃくちゃ面白いな、って思いました。文様って貿易などの『人の営み』や、『民族の心の表れ』を表現してると思うんです。例えば、ここ(浅草)の近所のお土産屋さんに行ったら日本の人形売ってますよね。青海波(せいがいは)文様という波の文様の描かれた服を着ています。

それは中国の青磁器に使われた文様が日本に伝わったものでした。でももともとは古代ペルシャの文様で、シルクロードを渡って中国に流れ着いたという説があります。そういうのって、すごく面白いですよね」

あまり楽しくなかった学生時代

中学校の進学の際、私立中学を受験することになった。

「落ちてもともとの受験だったんですけど、受かってしまったんです。仏教系の男子学校に行くことになりました。そこではまったくなじめませんでしたね」

片親であるなど、特殊な環境にあるアプスーさんに同級生たちはつらくあたった。

なかには気の合う人もいたが、そのうちその人たちもイジメに加わった。そして先生すらもアプスーさんに対して差別的な扱いをするようになった。学校で原因のわからない悪事が起きたときには、全部アプスーさんのせいになった。そして場合によっては、停学になった。

「当時の生徒たちは邪悪でしたね。毎日すごいストレスがたまって、大好きだった文様も描けなくなりました。あまり楽しくない学生時代でした」

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