「こじれた夫」に弄ばれた美女の生き様と復讐

「とはずがたり」が時代も国境も超える必然

二条の波乱万丈な人生はまだまだ続く。雪の曙のことを思いながらも、院に仕えなければいけないうえ、いろいろな男に迷惑なくらい言い寄られる。いやといいながらも二条はパッションの世界にのめりこんでいくのだが、その揺れる心と葛藤は読む者の胸にズシンとくる。

まず、高僧有明の月(院の弟)の強烈なアプローチに困ってしまい、院に相談したところ「密会してもいいし、子どもができたら俺が育てようじゃないか」という意外な言葉をいただく。その後は院の別の弟、亀山院とも関係を持ち、最後に院の後押しもあり、近衛大殿と呼ばれる人とも契りを交わす。後深草院はそのすべての関係について知っているどころか、その経緯をかなり楽しんでいるご様子で、もはや彼の変態ぶりに驚くばかりだ。

ブルガリアでベストセラーになった必然

院のところにほかの女性を案内する、というのも二条の仕事だったが、その記録からも当時の宮廷における男女関係の乱れがありありとわかり、その時代において平安のロマンスなどはもうセピア色の昔話にすぎないということがハッキリとわかる。

「桜は、にほひが美しいけれど枝もろく折りやすき花にてある」というのは、院がある女性との密会帰りに言い放ったせりふだが、まさに当時の価値観を表している。美しい花と恋に心を動かされてすぐに涙を流していた源氏の君が、こんなせりふを口にすることはきっとなかっただろう。それに引き換え、院にとっては、美しさも恋も単なる消耗品にすぎない。消費して用が済んだら、記憶のかなたに消えていくだけだ。愛の存在を微塵も感じられない、鎌倉時代はもう最低ッ!

それでも政治が絡んでくるとさすがにマズいようで、後深草院の敵だった亀山院との関係についていろいろな噂が出回ると、ついに二条は宮廷から放りだされてしまう。父親の遺言に従って、彼女は尼になり、日本全国を歩き回るが、恋心を忘れることができたのかは誰もわからない。人生をリセットして、軽やかな足取りで旅に出る二条の姿は何とも凛々しいものだ。

「とはずがたり」というのは「誰かに問われなくても語りだす」という意味だが、二条自身がそのタイトルをつけたとされている。50歳近くになって、院をはじめ、当時の権力者たちの退廃的な姿をありのままに綴り、それによって自分をおもちゃにした院への復讐を果たしたともいえる。700年も地理書の中に埋もれても、その筆の力は断ち切られることなく、私たちの前に姿を現した。

去年だったか、1981年に『とはずがたり』をブルガリア語にした翻訳者の講演を聞く機会があった。翻訳を出版してくれるところを探しまわったが、現代文学ならともかく、海外の古典文学なんて誰が読むのか、と断られ続けたという。

ところが、はるか昔に遠い国で書かれたものだと信じられないぐらい二条の葛藤を近いものに感じられた、とある編集者から連絡があり、めでたく出版にこぎつけたそうで、『とはずがたり』は予想に反してブルガリアで3万5000部以上売り上げるベストセラーとなった。社会主義時代のブルガリアの人たちにとって、涙を流しながらも、たくましく一人で生きていく二条はどのように映ったのだろうか。『とはずがたり』という力強い物語の壮絶な旅は、これからも曲がりくねった道をたどって、思いがけないところにたどり着きそうと思うのであった。

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