二条は何も知らなかったが、父親と後深草院の間ですでに話がついており、院が娘をいただくことになっていた。母親が死んでから御所で育った二条にとって、院は兄のような存在だったので、いきなり部屋に忍び込んできたときはかなりショックだったであろう。1回は抵抗するが、それも長くは続かなかった……。
〔…〕今宵はうたて情なくのみあたり給ひて、薄き衣はいたくほころびてけるにや、残る方なくなりゆくにも、世にありあけの名さへうらめしき心地して心よりほかに解けぬる下紐(ひぼ)のいかなるふしにうき名流さんなど思ひつづけしも、心はなほありけると、われながらいと不思議なり。
【イザ流圧倒的意訳】
〔…〕今夜は院の振る舞いが荒っぽくて、わたしの身を包んでいた最後の薄い衣もひどくほころびてしまって、院の思うがままにされてしまった。夜の明ける有明がくるということさえ耐えられないという心境だったわ。「心ならず院のものになったけれど、これからはどんな悪評が立つだろう……」と思いあぐねて、かろうじて心というものが残っていたことに自分でも驚いていたぐらいだった。
頼りない父親のとんでもない遺言
ワオ!始まって数ページしか進んでいないのに早くもとんでもない事件が。理想通りに育てた女性を自分のものにするというのは、院の頭の中ではきっと「光源氏と一緒じゃん!めっちゃイケてる俺!」とまんざらでもない満足感があっただろうけど、アナタ、相手の気持ちにもなってみてくださいよ!というのが率直な感想。
相談もなしに親が勝手に決めていた運命に従うしかなかった二条はさぞつらかったであろう。しかも、彼女には想いを寄せていて、何度か手紙のやり取りをしていた男性がいたのに、彼とこれから愛を育むと決めていたのに……心はズタボロ。
状況はさらに悪化する。二条と院が結ばれて間もなく父親が他界してしまう。守ってくれそうにない父親だったが、それでも後ろ盾がまったくなくなるというのは、中世女性にとっては命とりだ。院の子を宿して、不安いっぱいの二条は最期を迎える父親に会いに行くが、ここで父親が放つ言葉はこれからの過酷な人生を予告しているかのように聞こえる。
君に仕へ世にうらみなくは、つつしみて怠ることなかるべし。思ふによらぬ世のならひ、もし君にも世にもうらみもあり、世にすむ力なくは、急ぎてまことの道に入りて、わが後生も助かり、二つの親の恩をもおくり、一つ 蓮の縁と祈るべし。世に捨てられ、たよりなしとて、また異君にも仕へ、もしはいかなる人の家にも立ちよりて、世にすむわざをせば、亡きあとありとも不孝の身と思うべし。夫妻のことにおきては、この世のみならぬことなれば力なし。それも髪をつけて、好色の家に名をの残しなどせんことは、かへすがへす憂かるべし。ただ世を捨ててのちは、いかなるわざも苦しからぬことなり。
【イザ流圧倒的意訳】
寵愛をいただける間は身を慎んで過ちがないようにちゃんとしなさい。しかし、人生というものは大体うまくいかないので、院の愛情が薄れて、周りとうまくいかなくなり、どうしようもないときに、急いで仏の道に入りなさい。自分の来世も助かるし、親2人への恩返しにもなるし、一石二鳥だよ。でもね、みんなに捨てられたからといって、ほかの男の家に行くとか、頭を下げて生活をするとか、それだけはよしてくれ。あの世からでも勘当するぞ。夫婦の関係はこの世だけのものではないから、そればかりは何もできないからね。それでも髪の毛が長いまま遊ぶのはダメ、絶対。世を捨てれば、後は何をしてもよし。
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