二条はきっと複雑な思いでその遺言を聞いたであろう。彼女の後の人生を考えると、娘の奔放な性格と行動力を見抜いたうえでの忠告だったといえよう。しかし、それは本当に父親が二条に言った言葉かどうかを確かめるすべはなく、彼女自身が創作したという可能性も拭えない。日記だからといって、書かれている内容をすべてそのまま鵜呑みにするわけにはいかないし、これだけドラマチックに自らの生活を語っている作家の二条が少しばかり脚色していても驚かない。
父親の遺言にある「家出をしたらなんでもOK」という発想は、現代人にとっては不思議だろう。出家は文字通り「家を出る」ことを指しており、宗教的にはもちろん、その家系のしきたりや、名誉などと縁を断ち切るという意味合いも強く含まれていた。束縛から逃れるという側面もあったので、二条が早くもその人生に憧れを感じ始めていた暗示ともとれる。
好きだった男がある日、「来ちゃった」って!
とはいえ、彼女は軽々しく出家できる身ではないので、独りぼっちになってもしぶとく生きていく。まず院の子どもを産む前に里帰りして、女房デビューする前から思いを寄せていた男性と再会する。それは何度も作品に出てくる雪の曙こと、西園寺実兼という人だ。
「ここもとに立ち給ひたるが、立ちながら対面せんと仰せらるる(立ったままでいいので、話をしたいという方がいる)」という声がして、二条が動転する。突然の「来ちゃった」……。
「紅葉を浮き織りたる狩衣に、紫苑にや、指貫の株にいつれもなよらかなる姿にて」という恰好で彼が現れるのだが、当時のファッションがわからなくても、部屋着でないことは確か。どころかなんとなくラフながらもオシャンティーな感じがする。ドラマだったらテーマソングが流れるようなエントランスだ。
普通の体ではないとわかっているので話だけでも……という彼のお願いを断り切れず部屋に入れたが最後、結局2人は契りを交わすことに。逢瀬はもちろん1回限りでは終わらない。子どもを産んで間もなく、2人が密会を重ねて、二条が雪の曙の子どもを身ごもる。このとき院は一時期物思いで女色を断っていたので、当時の稚拙な医療知識でも父親が違うことがすぐにバレてしまう危機的な状況だ。
そこで、二条は仮病を使って里帰りをして、女の子を産み落とし、院に真実を悟られないように、流産を偽るという思い切った行動に出る。生まれてきた子は雪の曙に引き取られ、彼の家で育てられる。言うまでもないが、それができたのは、雪の曙に正妻がいたからだ。記憶喪失に秘密の双子というベタな展開が出てきても驚かない、完全に昼ドラ級のびっくり仰天の連続である。
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