作者は二条という女房名で後深草上皇に仕えた女性。全5巻からなる作品には、作者が14歳の正月から49歳ぐらいの秋までの出来事が記されており、1313年までに書かれたものだと思われる。前半は煌びやかな宮使え生活や恋愛遍歴が中心につづられ、後半は二条が尼になっていろいろな所を訪れる話で構成されている。
わずか数え4歳で天皇の位についた後深草院は、大納言の典侍と呼ばれた美しい女性に育てられ、新枕のことも彼女に教えられたようだ。以来、幼い後深草院は彼女に恋心を抱くようになるが、その女性はやがて源雅忠という人物と結婚した後、女の子を産んで間もなく命を落とす。
たった1行に凝縮されたとんでもないセレブ感
そこで院は、叶えられなかった恋を娘によって叶えようと思い、彼女が成長する日を、首を長くして待ち続ける。もし彼女がブスに生まれていたら、きっと話はこれでおしまいだっただろう。だが、幸が不幸か、しっかりと母親のDNAを受け継いで絶世の美女に育ってしまった女の子は、恋にどんどんのまれていく、というドラマチックな人生を歩むことになる。
類まれな美貌に恵まれ、偉い男たちに次々と求愛されるその魅惑的な女性――。それはほかならぬ二条こと、『とはずがあり』の作者だ。本題に入っていないのにすでにキケンなにおいがぷんぷんするが、これはまだまだ序の口……。
冒頭はもう華やか!
この時の二条は14歳。目をキラキラさせて、ワクワクしながらパーティに出席する小娘。色や衣類の名前がいくつも出てきて、とにかく豪華だ。蕾紅梅は若い女性が使う色であり、7枚の重ね袿(うちき)は贅沢なものだが、その上に普通の女房が許されていない赤色の唐衣……この1行に自分がどれだけ美しくて特別な存在だったかを、読者に知らせたいという二条の強い意図が凝縮されている。
鮮やかで、洗練された衣装に身を包み、大人の世界に足を踏み入れた若い女性の胸は期待に満ちあふれ、宮生活のあれこれに想いを馳せていたことであろう。しかし、『源氏物語』の世界はもうとっくに終焉を迎えていた。摂関政治が衰えた平安時代末期はかなりの退廃的ムードに包まれており、政治や文化も、そしてその一部だった恋愛もマンネリ化して、ロマンスとやらはどこかに消えてしまっていた。
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