「あたしンち」の表紙を作った男の堅実な仕事観

見ただけで欲しくなる作品はこうして生まれる

小学生時代、漫画に興味を持ちはじめて最初に買ったのが『トイレット博士』(集英社/とりいかずよし)の第2巻だった。そして続けて『侍ジャイアンツ』(集英社/原作:梶原一騎、作画:井上コオ)の第2巻を買った。

「お小遣いを持って本屋に行ったらたまたま第2巻しかなくて、それを購入して延々と読み込んでました。

友達もみんな漫画を歯抜けで集めてましたね。『ドカベン』(秋田書店/水島新司)も自分でも何冊かは持っていましたが、全巻読むのには5~6人の友だちの家を回りましたね」

昭和の子どもたちの多くは漫画家になりたいと思っていたが、関さんもご多分に漏れず漫画家になりたかった。

「絵はけっこう描けたんですけど、コマを切って話を進めていくというのができなかったんですよ。1~2ページ描いて、やめちゃってました。結局好きな絵だけ描いていました」

小学校高学年になったころ、『宇宙戦艦ヤマト』のブームがきた。そして1979年には『機動戦士ガンダム』が放映されて、アニメカルチャーにずっぽりハマっていった。

暇があれば、アニメの絵を見ながら模写をしていた。

高校卒業後は上京してアニメーターに

「高校は工業高校に行ったんです。父親が電気関係の仕事をしていたので、電気科に行ったらなんとかなるかな?と思いました。でもぜんぜん向いていませんでした」

電気関係の授業は面白いとは思えず、美術部や漫画研究部の活動のほうに一生懸命になっていた。そんな折、ある漫画作品に出会った。

「『気分はもう戦争』(双葉社/原作:矢作俊彦、作画:大友克洋)を読みました。こんなすごい漫画を描く人いるんだ!!ってカルチャーショックを受けて、それからは大友克洋作品を読みまくりました」

『ショート・ピース』(奇想天外社/大友克洋)や『ハイウェイスター』(双葉社/大友克洋)など古い作品を読んでいると、新たに『童夢』(双葉社/大友克洋)が発売された。

「発売日に買いに行きました。家に帰るまで読むのを待ちきれなくて、自転車を運転しながら読みました(笑)。

その後、『AKIRA』(講談社/大友克洋)の連載が始まったんですけど、僕すごい“大友運”が強いんですよ。童夢もAKIRAも、読者プレゼントのTシャツ当ててるんです。それにデザイナーになってからは、ご本人にお会いすることもできて、とてもうれしかったですね」

高校卒業後は、電気系には進まず、東京に行ってアニメーターになることにした。

当時はアニメブームで、スタッフの募集も多かった。

「実際に東京に来て、アニメの制作会社を3~4社回りました。その中の1社に入社することができました」

TVアニメの動画マンの仕事をすることになった。原画マンが描いた絵と絵の間をつなぐ絵を描く仕事だ。

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