筆者は長年、エグゼクティブに対するコミュニケーショントレーニングをなりわいとしてきたが、日本企業における「リーダーシップ」、つまり、「できる男のイメージ像」というものも、この「恥」の価値観に立脚しているところがあると実感する。正確性、緻密性が何よりも重んじられ、失敗や間違いを極端に恐れる無謬主義、減点主義の風土の中で、間違いを犯してはいけない、弱さを見せてはいけない、恥をかいてはいけない、と自分を律しがちになる。
他人からの視線を気にして行動を制する「恥」の概念は、「恥を知る」といったように、日本人独特の道徳性を支えてきたともいわれる。しかし、そこにとらわれすぎれば、男女を問わず、人との交友関係を広げよう、何か新しいこと挑戦しようという方向にベクトルは振れにくくなる。
沢田研二と稲葉浩志にみる男性の「恥」
ここに2つのケーススタディーがある。
1人目は、「客席が埋まらなかったため」と昨年10月、開演1時間前に公演をドタキャンしたジュリーこと、歌手の沢田研二(70歳)さん。もう1人が、日本の代表的ロックユニットB'zの稲葉浩志(54歳)さんだ。昨年9月に福岡で開かれたライブで、声の調子が悪く、ガラガラ声で数曲歌い、中断する事態となった。聴衆は「中止か」とどよめいたが、再登場し、何度も観客に謝りながら、「自信はないけど今の自分を見てほしい、どうか厳しい目で見てほしい」「プロとしては完全に失格だけど、B'zの生きざまを見ていってほしい」「もしまた聞き苦しい声になってしまったら、その時は必ず埋め合わせをする」といった趣旨のメッセージを訴え、歌い切った。かっこ悪さをさらけ出す正直さに観客は心を動かされたという。
「恥をかきたくはない」と体面にこだわる人と、恥ずかしい姿をさらけ出せる人。どちらが共感を集めやすいか、仲間を作りやすいかは火を見るより明らかだろう。恥や共感の研究で有名なアメリカ・ヒューストン大学のブレネー・ブラウン教授の考察が非常に興味深い。
ブラウン教授はTEDトークの中で、こう指摘した。「人との関係をこじらせることへの恐れが『恥』」であり、「男性にとって、『恥』とはすなわち、弱く見られたくない。これに尽きる」と。一方で、人と心を通わせることのできる人に共通するのは、「自らのもろさや弱さ(vulnerability)をさらけ出すことをよしとしている」点であると述べている。つまり、弱く、不完全な自分を認め、受け入れ、さらけ出す勇気、恥をかく勇気こそが、人とのつながりの第一歩であるということだ。
「強さを誇示することが本当の強さ」ではない。「自分の弱さを認める強さ」こそが、孤独や生きづらさを解消する生き方のカギとなるということなのだろう。
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