蛤ラーメン「金色不如帰」一つ星獲得の道のり

ミシュランガイド東京2019に追加された名店

2年ぶりの一つ星獲得店の誕生となったが、金色不如帰とはどんなお店なのか。ラーメンは蛤にこだわった一杯。蛤に豚と乾物系を合わせたスープは創業当初、ほかにはないものだった。3つのスープをそれぞれ別の寸胴で炊いて丼で1つに合わせる“トリプルスープ”の手法を初めて取り入れたのもこのお店である。

その歴史をたどってみよう。

店主の山本敦之さんは高校を卒業してから5年間、建築の仕事をしていた。当時は建築の仕事で独立しようと思っていたという。

店主の山本敦之さん(筆者撮影)

ラーメンはもともと食べるのが好きだった。好きなお店は「永福町大勝軒」と「ちばき屋」。お店に通っているなかでラーメン屋さんが胸を張ってお客さんの前で仕事をして、お客さんがおいしそうに食べて笑って帰っているのを見て、いい職業だなと思ったという。自分のやっている建築の仕事に比べて、見てくれる人の数が圧倒的に違う。自分は人に見られる仕事をしたいと思うようになった。

2000年10月、26歳の時に「永福町大勝軒」に修行生として弟子入りする。入るまでに7回の面接を重ね、ようやく入れてもらえたという。本当に厳しい職場で、丸1日休んだ日は正月以外1日もなかったそうだ。

修行を続けるなかで、いつか自分のブランドを立ち上げたいという思いが湧くようになる。修業の2年目から自宅でラーメン作りを始める。日々作っていくなかで自分の独自の味が完成していった。

「永福町大勝軒」は5年働くと卒業で退職金が出る仕組みだったが、山本さんは4年半で退職。2005年2月のことだった。卒業を待っているより、いち早く自分の味を試してみたいという気持ちからだった。

その後は物件探し。何軒も見て回ったが、いちばん初めに見に行った幡ヶ谷の物件に決め、開店の運びとなる。

こうして2006年1月に「SOBAHOUSE 不如帰」がオープンした。

おいしさをわかってもらえるよう試行錯誤が続いた

開店から2年間は厳しい日々が続いた。1日に5食しか出ない日もあった。家財道具を売り払って何とか家計をやりくりしたこともあるという。

おいしいものを作っているつもりなのにお客さんにはわかってもらえない。ほかにないスープを提供していたためか「これはラーメンではない」とも何度も言われた。開店当初はわかる人だけ来ればいいと思っていたが、食べてくれる人がいなければ商売にならない。

どうやったらお客さんにこのおいしさをわかってもらえるか試行錯誤の日々が続いた。

各地から食材を取り寄せ、スープを何パターンも合わせて答えを探した。主役は蛤。蛤の余韻をスープでどう伝えられるかがテーマだった。

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