「夫の会社都合」で生きる、転勤妻たちの本音 単身赴任より離職を選ぶのにはワケがある

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夫の扶養からは外れるため「同居人」という扱いで、帯同しながらも働いている。子ども2人は小学生。中学受験のケアもにらみながら、月1回の頻度で日本への出張をこなす。子ども2人を自費で連れて日本と行き来せざるをえないこともあり「出張についての取り決めもあるとよかったかな、とは思います」というが、「キャリアが途切れなかったのは、今思えば本当にありがたかったです」と振り返る。

数は少ないが、日系でも同様の事例はある。ケイコさんの事例は、ITによりオンライン会議やリモートワークがやりやすくなり、出張も頻繁にこなせる状況だから成り立ってきた側面がある。多くのケースで企業内では「特例」扱いで、決して大々的に宣伝はしていないが、試行錯誤が始まっていることがわかる。

夫と同じ勤務地に転勤して働く

2015年に連載をしていたときに、P&Gの夫婦転勤の事例を書いた「妻の働く意欲を奪う!いつか来る『夫の転勤』」記事は、日系企業でも同じ会社で夫婦を同じ勤務地に配属する事例も増えてきている。

日系企業のシンガポール拠点で夫婦で働くユキさん(仮名)夫妻の場合、最初にシンガポールで働き始めたのはユキさんのほうだった。もともと、コンサルティングでプロジェクト単位で場所を動く仕事。子どもがまだいなかった2015年、妻はシンガポールのクライアント拠点でのプロジェクトに入り、夫は日本とヨーロッパを行き来する生活をしていた。 はじめは夫のヨーロッパ出張が落ち着くまでの1年以内、と考えていたユキさん。

しかし、いざシンガポールに来てみると仕事も楽しく、暮らしやすい国だと感じ、「できるならもっと長くここで働いて、海外経験を積んでみたい」と感じ始めた。とはいえ、夫と別居婚が長引くのも気が引ける。悶々としているうちに、もともとの帰国予定が近づき、後任も決まり、帰国の準備を始めていた。

夫のシンガポール案件への参画が決まったのは、ちょうどその頃だった。それを受けて、シンガポール側の上司からユキさんにも「シンガポールで夫婦で駐在というのはどうか」と打診があった。以前、「夫と一緒に住めるなら、今後も海外案件に出て行きたい」と周囲に話したことはあった。

しかし、「もともとは希望していたことですが、正直困惑しました。私のなかではもうあきらめて気持ちを切り替えていたこと、帰国するならそろそろ出産を視野に入れていたためです」とユキさん。一度は「駐在すると出産を2年かそれ以上先送りすることになるので、受けられない」と断った。

上司の返事は、「駐在中に出産した例はない。しかし、だからといって出産してはいけない、というわけではない。もしそうなったら、サポートするから安心して前向きに考えてほしい」だった。その言葉に背中を押され、社内で初の夫婦赴任が実現。そして昨年、ユキさんは願いどおりシンガポールで第1子を出産し、育休を取得し復帰した。「いろいろな縁がたまたま重なったうえに、日本とシンガポール双方の上司の理解があってこその展開でした。本当に感謝しています」と話す。

国内でも2015年に地方銀行64行が配偶者の転勤などで退職した行員を、転居先にある別の地銀に紹介したり、元の地域に戻ったときの再雇用をしやすくする「地銀人材バンク」を作り、2018年には東京・大阪・名古屋・福岡の私鉄11社が、同様に配偶者の転勤などで地方へ転居せざるを得なくなった場合、提携先の私鉄に出向または転籍できる「民鉄キャリアトレイン」を立ち上げるなど、転勤があっても働きつづけられる枠組みを模索する動きもある。

専業主婦を生み出すきっかけとしての転勤が少しずつ変わりつつある。次回は配偶者の帯同先で働くときに発生する「夫の会社ブロック」や扶養・保険の扱いや、増えてきた女性の転勤と母子赴任に伴う障壁、そして、その背景の日本企業の「専業主婦が夫のサポートをする前提」について深堀りしたい。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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