しかし、別の方向に解決を求める都市もある。アントワープや重慶では、歩きスマホのために一般歩行者と分離した、一方通行の専用レーンを設けて、衝突を避けるという。
アウグスブルクやケルンでは、舗装道路に信号を埋め込み、下を向いていても見やすくしている例がある。ソウルでは、交差点の路面に危険を表す標識があるという。さらに、スマホのカメラ機能を利用して、画面の背景を半透明にし、カメラに映る前方の景色がある程度見えるようにするソフトもある。
大勢の人がやりたがることは、禁止するのではなく可能にするという発想は、一般的には奨励すべきである。しかし、こと本件については、ゾンビが住みやすい世界を求めるのが本当によいのか、疑問がある。目指すべきは、皆がスマホを操作しながら歩ける社会なのか、そういう者がいない社会なのか。
わが国においては、歩きスマホはやめよう、という方向で政府や企業の啓発活動も多く行われている。以下、本稿ではこの立場を取る。
技術的な防止策やルールを決めるべきだ
現在、啓発ポスターなどの注意喚起を除けば、歩きスマホの対策は、さほど多くない。その1つは、画面に注意喚起を表示するアプリである。ただ、歩きスマホをする者の多くは、気づかずにするのではなく、わかったうえで行っていると考えられるので、注意喚起という方法は有効性が限られる。
より強制的な技術的抑止として、走行中にTV画面が消えるカーナビが1つの参考になる。スマホには、歩行の有無を検知するセンサーがついていることが多いので、歩行中は画面を消してしまうことが考えられる。地図ソフトを歩きながら使う必要がある場合には、不便であろうが、立ち止まればすぐ見えるようにするか、あるいは地図に限って一定時間表示可能にするなどで、問題の回避は可能であろう。
もう少し緩やかな案としては、スマホの画面をつけながら15秒以上歩くと、警告音が鳴るという仕組みも考えられる。盗撮防止にシャッター音を鳴らすことが、わが国では行われているが、衝突防止に警報を鳴らすというのもあるかもしれない。本来、警告すべき対象は周囲ではなく本人であるが。
歩きスマホ以上に危険なのは、自転車に乗って画面を見ているケースである。これは、危険の度合いが甚だしいので、自転車の動作を検知し、問答無用に画面を消す機能を可能にできればたいへん望ましい。
これらの機能的な制限は、キャリアすなわち通信事業者が導入を牽引することが不可欠である。事業者の社会的な責任の一環として、利用者の安全を確保する技術への取り組みが望まれる。
最期に、技術的な方策のほか、ルールおよび罰則の整備が当然考えられる。数十年前、歩きたばこは珍しくなく、ぶつかった子供がやけどさせられるといった事故も多くあった。ルール化により、こうした問題は解決できる。歩行中の操作禁止のルールは十分考慮に値しよう。
こうした対策が広く論議され、早く国民的合意が形成されることを期待したい。
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