「実はそうした特徴は、スリランカ料理やネパール料理、ベンガル料理などにも当てはまります。だからそれだけだと、『なぜ南インド料理か』の理由には十分でないんです」(稲田氏)
はたして南インド料理がほかのインド亜大陸料理より注目度が高まったのはなぜなのか。稲田氏が最大の理由として挙げたのは、意外にも“言葉の力”だった。
食体験は物語の有無で大きく変わる
「実は南インド料理店がまだ日本にほとんどない時代に、南インド料理の魅力をいち早く言語化した人がいたんです。料理研究家の渡辺玲さんです。渡辺さんが日本人には決してとっつきやすくない南インド料理の特徴を魅力的に言語化し、それが脈々と世に伝えられていった。早くから魅力がきちんと言葉にされていたかどうかが、南インド料理とほかのインド亜大陸料理の一番の違いだと思います」(稲田氏)
渡辺玲氏は、クッキングスタジオ「サザンスパイス」を運営する料理家で、南インド料理が日本でほとんど知られていない時代から『誰も知らないインド料理』(1997)、『ごちそうはバナナの葉の上に――南インド菜食料理紀行』(1999)、『カレーな薬膳』(2003)など南インド料理を紹介する著書を出していた。
確かに、“伝道師”の存在は大きいだろう。とはいえ、カレーの魅力が言葉に置き換えられることが、そこまで大きな要因となるのだろうか。
「たとえば同じミールスでも、なんの予備知識もなく食べたら『なじみのないスパイスが使われていて、カレーはやたらシャバシャバだった』で終わってしまう可能性があります。
でももし、あらかじめ『南インドでは医食同源の考えのもと、気候や食べる人の健康状態を鑑みて、食材やスパイス、調理法が選ばれる』という話を聞いていたら、感想は『なんて滋養に富んだ、体に沁み入る料理なのだろう』となるかもしれません。食の体験は、そういう“物語”を挟むかどうかでまったく違うものになります」(稲田氏)。
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