しかし、好きな職業にはなれないと同じく、職業を辞めるのも自由にはならない。党としては幹部登用原則として、一度任命した人は辞めさせてはいけない。
「『これは国家の任務だ。国家があなたにさずけた社会的地位は最後まで果たさなければいけない』となるわけです。『学長と仲が悪い』だの『学校まで遠い』だのは理由にもならないんです」
ただし、個人意思をまったく無視するわけではない。党委員会の人事権を決する会議が6カ月に1度あるため、そのときに辞めるしかない。
それまでに党委員会に呼ばれて、反省文を書かされる。小さな事務所に閉じ込められ、紙とペンを渡され、鍵をかけられる。
「自分が堕落したので辞めます……」
などといった内容を書かされる。字が下手だと、何度でも書き直しさせられる。
「トイレも自由には行けなくて、行きたいときは『トイレ-!!』って叫ぶんです。用を足してるときも逃げ出さないように、トイレの前に見張りが立ってるんです」
これで晴れて辞められるか……というとまだダメだった。タイミングよく党委員会の会議がない場合は、強制的に重労働を課せられる。
金さんは港に行って働かされた。
「石灰石を運ぶ輸送船に行かされました。大まかなところはクレーンですくって作業をするんですが、クレーンでは取りきれない部分があるんです。そこへ私たちがパンツ1つで入っていって、スコップで石灰石を掻き出す作業をするんです。タオルで頭と口と鼻を防いで何時間も作業をしました」
そこで働いているのは主に、民法や刑法ではさばかれない程度の軽犯罪をおかした人だった。
とある教師は生徒のお尻を触ったのだが、その生徒の親が党幹部の娘であり、問題になってここで作業することになった。
倉庫の管理人は、管理をしているときに党幹部が倉庫の中の物を不正に持ち出していった。本人は悪いことはしていないのだが国家横領罪になって強制労働をさせられた。
夜の7時から、夜中の2~3時まで働く、非常に苦しい時間帯の作業を割り振られた。
仕事が終わると全身真っ白だった。鼻の穴や耳の穴まで粉が詰まり、髪の毛は針金みたいにバリバリになった。
そのほかにも、浜辺ではまぐりを拾うという労働もやらされた。
こうした強制労働を経て、やっと念願かなって教師を辞めることができた。
同じヒエラルキーの仕事から選ぶ
次の仕事を決めることになるのだが、北朝鮮には「社会的地位は保たなければならない」というルールがある。つまり、同じヒエラルキーの仕事から選ぶということだ。
「私は文章を書くのが好きだったから、作家同盟に行きたいと言いました」
運良く空きがあり、金さんは25歳のときに作家同盟に入った。
しかし、作家同盟に入った時点では作家ではない。はじめは「群衆文学通信員」という肩書で、次に「候補同盟員」に昇格。そうすると国家から「現職作家」という称号を与えられ、本業のかたわらに作家活動を行うことができる。
作家同盟で経理や雑務などの仕事をしつつ、冒頭にも書いたような北朝鮮を称える物語を書いた。
しかし、金さんが思い描くようには、作家の道は開けなかった。結局、出世するには朝鮮労働党員でなければならないということに気づいてしまったのだ。
金さんは、最後に従軍慰安婦の作品を書き終え、ペンを折った。
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