親からの「虐待の記憶」に苦しむ43歳女性の今

大人になってメニエール病、摂食障害に…

長谷川美祈さんの写真展で展示された秋本蓮さんの写真(写真展の写真:Miki Hasegawa)

そのため蓮さんは、大人になって治療を受けるまで、ガムテープや洗面器を触ることがほとんどできませんでした。それらを不用意に目にするだけで、フラッシュバック(時間や場所が“そのとき”に飛ぶ、鮮明な記憶のよみがえり)を起こし、意識を失ってしまうこともよくあったのです。

生後8カ月のとき洗濯機に入れられたことは、蓮さんは覚えていませんでしたが、大人になってから母親自身の口から聞かされました。

小学生の頃は、ひたすら勉強を強要されました。母親には学歴のコンプレックスがあり、蓮さんを「エリートにしたい」と考えていたのです。特に高学年になってからは、中学受験のため夜中の3時頃まで勉強をさせられ、蓮さんが寝ると「よく分厚い辞書で頭を殴られた」と言います。

父親は遠洋漁業の仕事をしていたため、家にはほぼ不在。たまに帰っていたときは、夫婦仲は悪くないように見えましたが、蓮さんが小学校高学年になった頃から父親がだんだんと家にいることが増え、母親とけんかをするようになりました。

蓮さんが中学校に入り、母親がパートに出て現在のパートナーの男性と知り合ってからは夫婦仲がいよいよ悪くなり、酔った父親が包丁を振り回す光景を、蓮さんはよく見ていました。

「それまで母親は私に『勉強しろ』しか言わなかったのが、急に『離婚したい』としか言わなくなりました。毎日、何時間も父親の悪口を聞かされて、『そんなに嫌なら離婚したらええやん』と私が言うと、『離婚したいけど、あんたが未成年やからできない』と言う。

私はいつも自分を責めていました。いつも怒られて、『あんたのせいや、あんたが悪い』と言われていたので、『全部私のせいなんやな、生まれてこんかったらよかったね』と思っていた。学校でも浮いてしまって、どこにも居場所がなくて、『なんのために生まれてきたんだろう』と思っていました」

その後、県外の大学に進学したのを機に、なんとか家を出ることに成功。母親は間もなく父親と離婚し、それからすぐ現在のパートナーと同居を始めました。

蓮さんは最初の職場でひどいパワハラとセクハラに遭い、一時はやむなく母親とパートナーの暮らす家に身を寄せましたが、看護師の資格をとり、再び家を離れることができたということです。

おかしいのは、私?

蓮さんが自らの虐待経験と向き合うようになったきっかけは、3年前の夏に、メニエール病(激しい回転性のめまい)を発症したことでした。これを機に母親の過干渉が激しくなり、以前から兆候のあった摂食障害が急激に悪化して、一時は体重が35kgに。治療のため心療内科に通ううち、親子関係の問題に気づいたのです。

「小さい頃からずっとそうなんですが、母親はいつも『あんたはこうやもんね』と決めつけ、私が『本当はそうじゃない』と思っても言わせません。まるで別の私と会話をしているみたいで、私が返事をする前に『そうしよう、そうしよう』と自分で納得してしまう。

次ページ多いときは、蓮さんのなかに3、4人の人格がいた
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