昭和の大観光地「熱海」本当に元気になったか

V字回復報道が目立つ現地で分かったこと

熱海の風景写真(2018年1月、筆者撮影)

日本人でその名を知らない人はいないくらい有名な観光地「熱海」。静岡県の最東部に位置し、熱い湯が海に噴出するほど温泉が豊富であったことがこの名の由来と言われる。徳川家康も熱海を愛し、湯治のために7日間逗留したことがあるという。

かつて熱海は不便な土地であった。現在は東海道線・東海道新幹線や伊東線が通る熱海駅であるが、もともと東海道線はこの地ではなく、現在の御殿場線回りであった。1918年に熱海―函南を結ぶ丹那トンネル建設が開始され、16年の歳月をかけ、1934年に開通したことで今の東海道線となり、熱海が首都圏からも東海・関西圏からも便利な地となった。

従来、飲み水に不自由する土地であったが、丹那トンネルから出る大量の湧き水が熱海の飲料水に利用され、人口増加に拍車をかけた。戦後は、1964年に東海道新幹線が開通し、こだま号で東京駅から1時間足らずの場所となった。高度経済成長期には新婚旅行や社員旅行でにぎわう大観光地となった。

その後、バブルの崩壊とともに熱海は大打撃を受ける。2000年前後から廃墟化した大型ホテルの姿が報道され、熱海は衰退した温泉地という印象がつきまとうようになったことは中高年の方々はご存じだろう。

しかし、ここ数年、その熱海への観光客数がV字回復という報道が目につき始めた。2016年11月にできた駅ビル「ラスカ熱海」もにぎわう。過去にも東洋経済オンラインで『あの「熱海」に再び観光客が集まっている理由』(2016年8月17日配信)として熱海の観光地としての回復ぶりも紹介されている。

このように宿泊者数が増加する中、熱海をつぶさに見ていくと必ずしも楽観視はできない状況はいまでも散見される。そうした様子を見ていこう。

Ⅴ字回復の勢いは続くのか?

熱海の宿泊客の推移が凋落の一途から回復し、300万人を超えたことでV字回復と報道されている。しかし、1974年度には490万人もの宿泊客がいた。2002年度になってはじめて300万人を割り込み、その状況が長らく続いていたが、2015年度に300万人を超え、308万人となり話題となった。直近の2016年度には301万人と足踏み状態だ。

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