脳梗塞で人生に絶望、何が彼を救ったか? 介護とは「生きててよかった」瞬間の創造だ

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担ぎ終えた後にAさんは一言だけ「もっと担ぎたかったな」と言葉を発しました。担ぎ終えたAさんには割れんばかりの拍手が送られ、周囲にできた人だかりがなくなるまでに、かなりの時間を要したことは言うまでもありません。

Aさんは現在、少しずつ、次のステージへ向かっています。介護職は、Aさんと同じような状態にある人のために、Aさんを講演会の場に立たせようとしています。また、Aさんが今、女性に会うたびに、自分が家を持っていることをアピールしているのは、本気で結婚をしようとしているから……かもしれません。

Aさんの例から気づいたこと

私は、このAさんの実話に触れて、介護とは、相手が「生きていてよかった」と感じられる瞬間の創造だと考えるようになりました。それに成功したとき、介護する私自身がとても幸せな気持ちになることにも気がつきました。

そう考えたとき、さらに思い当たることがあります。それは、介護というのは、必ずしも、心身に障害を抱えている人にだけ必要なものではないということです。

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仮に心身に障害を抱えていたとしても、自分の人生に十分満足しており「生きていてよかった」と感じられる瞬間に恵まれている人には、なんらかの支援は必要でも介護は必要ないのかもしれません。しかし、仮に健康に見えたとしても、自分の人生に絶望しており「生きていてよかった」と感じられない人には、なんらかの介護が必要だと思います。

この違いは、自分で自分の人生を選べるかどうか、すなわち自立にかかっています。人間は、選択肢のない状態には不幸を感じるようにできています。逆に、それなりに選択肢があると、自分の価値観を見つめ、それに合った選択肢を考えるようになります。結果として、限定的な環境にあったとしても自分らしく生きられることになり、人間はそこから幸福感が得られるようになっているのです。

動けるような状態になったら何がしたいのかを問い続け、それがお祭りで神輿を担ぐことであることを見出し、実質的に引きこもり状態にあったAさんの身体能力を回復させ、本人の希望を達成するという一連の流れは、介護本来のあるべき姿を示しているとは言えないでしょうか。

酒井 穣 株式会社リクシス 取締役副社長CSO

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さかい じょう / Joe Sakai

1972年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部卒。Tilburg 大学 TIAS School for Business and Society 経営学修士号(MBA)首席(The Best Student Award)取得。商社にて新事業開発、台湾向け精密機械の輸出営業などに従事後、オランダの精密機械メーカーにエンジニアとして転職し、オランダに約9年在住。帰国後はフリービット株式会社(東証一部)の取締役を経て、独立。複数社の顧問をしつつ、NPOカタリバ理事なども兼任する。主な著書に『新版 はじめての課長の教科書』(ディスカヴァー)、『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト』(光文社新書)など。

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