名門校「武蔵」が守り切る「変わらない勇気」 塾歴社会「最後の楽園」の驚くべき実態

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「この20年余の間に進行してきた『受験競争社会』の激化は、今後の展開も含めて最大の問題点であるでしょう。(中略)競争原理一本で成り立っている大学進学制度が長期にわたって固定されているために、その影響が年を追って下へ下へと及んだことや、産業構造の変化などの結果として、大企業を先頭に系列化された企業中心社会が固定化しつつあることなど、原因をあげればいろいろあるとは思います。

(中略)この国の教育社会の中で、武蔵がどのような役割を負わねばならないかについても、(中略)今後は、もっと明確な哲学を持つ必要に迫られるのではないかと考えます。(中略)武蔵自身の目標が個性的であればあるほど、制度上・経済上の新しい障害が生じる可能性も大きいかも知れません」(「同窓会会報」掲載「校長退任の挨拶とお礼」1987年12月1日)

塾歴社会で"勝ち組"になるために必要なのは、大量の課題をこなす処理能力と忍耐力、そして与えられた課題に対して疑いを抱かない力である。武蔵の価値観とは見事なほどに真逆である。

実は少人数分割授業が多く、本来の意味での面倒見は非常にいい(筆者撮影)

「武蔵vs塾歴社会」、勝つのはどっちだ?

大坪元校長は2015年秋に亡くなった。『大坪秀二遺稿集』の冒頭には、大坪校長のこんなつぶやきがつづられている。「世の中の流れで、多くの高等学校は受験勉強に力をいれていて、みんな、向こう岸へ行ってしまった。こちらの岸に残っているのは、もう、武蔵だけなんだ。だから、1校でもいいからこちら岸に呼び戻さなければならないんだ。何年か前まではこちら岸に数校残っていたんだが、残念なことだ」。

大事な生徒たちを川の向こう岸に渡してなるものか。ダークサイドに堕(お)ちてなるものか。気づいてみれば、武蔵は一人「塾歴社会」に抗う存在になっていた。あるいは、その結果として醸成された、物事を○か×か白か黒か右か左か快か不快かだけでとらえて思考停止する「ポストトゥルース」的風潮に歯止めをかける最後の砦といってもいい。

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