佐藤琢磨「自ら挑戦しないと運はつかめない」 日本人で初めてインディを制した男の真実

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:そのような偶然も、ある意味、必然だったのかもしれません。

佐藤:もちろん“運がいい”というのもありますが、それを手繰り寄せたのは、やっぱり自ら動いたからだと思います。

:こうやって、琢磨さんの闘いに勝つための方程式が、でき上がっていったんですね。スクールに入ってから、「あっ、俺、いけるかも」って思ったのは、どれくらいの時ですか?

佐藤:初日です(笑)。

:えっ、初日!? 琢磨さんだけが未経験者だったんですよね?

佐藤:最初のカリキュラムがレース車両ではなく、普通の車に乗って走るというもので、しかも校長だった中嶋悟(日本人初のF1フルタイムドライバー)さんを乗せて走りました。

:中嶋悟さんが助手席に!

佐藤:はい。僕は20歳だったのですでに免許も持っていましたし、峠なんかも走っていたので、マニュアルギアも含めて普通の車には慣れていたんです。でも、若い子たちはレーシングカートにしか乗ったことがないし、半分くらいはまだ免許も持っていない。それで僕が得意げに車を走らせていると、講師でF1ドライバーの高木虎之介さんが「こいつ、すごいから、みんな乗りなよ」といってくれて、その後もいろんな人を乗せることになったわけです。

:初っ端から存在感を示せたわけですね。

佐藤:そう、それでもう「俺は絶対いける」、と。

ずっとあこがれていたイギリスへ

:スクール卒業後は、イギリスに行かれましたね。

佐藤:スクールのスカラーシップを獲得して、国内のレースにデビューしましたが、イギリス行きはずっとあこがれていました。F1を目指すためには当たり前なんですが、英語が必須です。けれど、自分には海外生活の経験もなかったので、ずっと、英語を何とかしたいと思っていたんです。これがイギリスに行きたいという1つ目の理由。

もう1つは、アイルトン・セナの存在が大きいんです。10歳のとき、初めてF1を観に行ったときに、強烈な印象を受けたのがセナでした。彼の軌跡を追うと、単身ブラジルから渡英して、イギリスF3というカテゴリーを制してF1へというもので。僕も同じステップを踏みたいなと。

:セナはズバ抜けてカッコよかったですからね。

佐藤:イギリスに行けば、当然、英語もマスターできるし、ヨーロッパの激しいコンペティション(代表チームを決めるために各参加国で開催される大会)の経験を積みながら、アイルトン・セナと同じイギリスF3を闘える。当時、F1チームの7割が英国に拠点を置いていたので、「イギリスのF3で勝てば、絶対にF1に上がれる」っていう確信もありました。それでイギリスにすべてを賭けたんです。

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