佐藤琢磨「自ら挑戦しないと運はつかめない」

日本人で初めてインディを制した男の真実

:イギリスでの生活はどうでしたか。

佐藤:最初はもう、普通の留学生と同じです。まずは英語を学ぶ必要があったので、ホームステイしながら、毎日英語学校に通いました。

:なぜホームステイだったんですか。

佐藤:アパートを借りることも考えたんですけど、それをやったら結局は仲のいい日本人と過ごして、英語をしゃべらないと思ったんです。とにかくすべて、英語漬けにしたかったんですね。みんなは大検にあたるテストを意識して勉強するんだけど、僕はとにかく会話に集中しました。平日は英語の勉強、週末はレースという生活をしばらく続けていました。

戦略的な視点

:レースはF3でやられていたんですか?

佐藤:日本ではF3に乗っていたから、技術的には乗れたんです。でも、イギリスF3に飛び込んでも、圧倒的な印象を与えて結果を残せなければ、すぐに入れ替わっちゃう。僕にはレース経験が不足していたので、あえて下のジュニアカテゴリーから、参戦を始めたんです。イギリス人と仕事をするってどういうことなのか、ヨーロッパのレースってどんな感じなのかというのを、まず見極めようと。

:なるほど。今までは何とかして“こじ開ける”というスタイルだったところに、戦略的な視点も加わった。

佐藤:英語も生活もままならない状態で、いきなり世界トップレベルのところで勝負しても厳しい、というのは感じていました。

:ちなみに、英語はわりと早くマスターできたんですか?

佐藤:1年半くらいで、多少の会話はできるようになりましたけど、“瞬時に英語が理解できる英語脳”になるまでには、3年くらいかかったと思いますね。

:イギリスのレースでも、大きなチャレンジがあったと聞きました。

佐藤:最初に所属したチームは本当に家族みたいな小さなチームで、温かく受け入れてくれたんですが、やはりリソースも小さいし、クルマのパフォーマンスも高いわけじゃない。そのうちスポットでレースに参戦し始めたんですが、あるチームの人たちが、「あいつの走りは面白い」って興味を持ってくれたんです。かなり攻めたドライビングをしていたからでしょうね。あんな派手な走行をして、タイムが速いわけがないと思われていたらしいんですけど、計ったら「意外と速い!」と(笑)。結局、シーズンが終わった後にそのチームに入ることになりました。

:それがF3のチームということですか?

佐藤:そうですね。そこから実質的なF1への挑戦が始まりました。1年目はとにかくスピードにこだわりました。シーズン最多ポールポジション(最前列のスタート位置)とか、最多ファステストラップ(全ドライバーの中で周回がもっとも速いタイム)も取ることができたんですが、僕のレースって優勝かリタイアかっていう極端なスタイルだったので、チャンピオンシップは落としてしまったんです。でも、2年目はスピードだけではなく、強さにもこだわって、チャンピオンになることができました。

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