外国人が心底惚れる「和包丁」の意外な魅力 初めて手にしたときから人生が変わった

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窯出しをするときと同じように注意しながら、私は初めての和庖丁を手に持った。ほかの庖丁では経験したことのないバランスを感じた。それまで使っていた大量生産された庖丁とはまったく異なり、その和包丁は道具というよりも、まるで自分の身体の一部のように感じられた。

錆びたままの12センチの両刃の小出刃庖丁を復元させるため、鹿児島の同じ街に住んでいた知識人の先輩にその包丁を見てもらいに行った。それは湿気た夏の夕方で、バケツいっぱいの水に砥石を浸している間、その先輩と私は鹿児島の芋焼酎の水割りをすすった。砥石に水が含まれると、柄の握り方や庖丁の置き方などの「研ぎ」の基本を教わった。砥石の荒い方で刃の形を整えた後、ようやく細かい面で艶を付けたころには汗でびしょ濡れになってしまった。

和包丁が大切に使われるワケ

和食を本格的に作ろうとすると、ただの庖丁では物足りない。しかし、それまで使っていたステンレスの庖丁と異なり、和庖丁は簡単なメンテナンスでは済まず、注意深く手入れしないと長く使えない。「庖丁の手入れをきちんと行うこと自体が、チャレンジだ」と思うと、とても大事な道具だと感じるようになった。錆びて使えなくなったら新しい包丁を買うのではなく、上手に手入れして長持ちさせようという気持ちが芽生えてきたのである。

それから、自分の砥石を買い求め、図書館から料理本や雑誌をたくさん借りて、季節の野菜を出来るだけ何種類も買うようになった。和庖丁を手にするたび、それぞれの野菜に合った扱い方を学ぶことが楽しみになった。丁寧に作られ、きちんと手入れされている包丁を使っていると、まるで野菜たちに恩返ししているような気もしてきた。

たとえば、ネギ。以前は、近所のスーパーで買ったあまりよく切れない庖丁でネギを刻んでいたので、永遠に続くようなネギの鎖を作ってばかりいた。しかし、硬くて鋭い和庖丁だと、刃がネギをさっと切って、鮮やかで香り高いネギの刻みが無限に出来上がり、私が作る味噌汁はとたんにおいしくなった。和庖丁のおかげで私は、料理の楽しさを新たに実感することができるようになったのである。

野菜に続いて、魚をさばくことに挑戦すると、私の料理の世界はさらに広がった。まずは鯖や秋刀魚をさばき、それから鰯や鯵などの青魚に挑戦した。小魚の解体用に作られた小出刃包丁は、まるで外科医が使う優れた手術道具ように余計な切り込みをすることなく、背骨をきれいに切り離すことができた。しかし、近港で釣ったチヌ(黒鯛)のあたまを、その小出刃で落とそうとして危うく刃を欠けさせる寸前という失敗も経験した。

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